『ジョン・オルコットの話②』
「初めまして。ジョン様。この度、レオナルド様の婚約者となりましたマリー・アルメイダです」
ニコリとした表情で俺に挨拶をする彼女の姿はまさしく天使のように見えた。
腰まで伸びた綺麗なストレートの金髪、パッチリとした青い目に長い睫毛、桃色に色づいた唇。
まるで人形のような可愛らしい見た目をしている彼女はまさに美少女だった。
なるほど。こんな美少女ならモテモテなのも分かるし、兄が好きそうなタイプだ。
そう思った俺は、ニコニコと笑顔を浮かべながら彼女を見つめながら、
「初めまして。マリーさん。わざわざご丁寧に挨拶にきていただき、ありがとうございます」
と、無難な言葉を口にした。初めて会ったが、何となく、彼女は苦手な雰囲気を感じとり早々に会話を切りたかった……というのが本音だ。
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、マリーと名乗った彼女は俺から視線を外さなかった。
それから暫くの間、彼女はニコニコしながら俺を見つめていたが、やがて口を開くと俺にこう言った。
「ふふ……」
上品に笑う彼女を見て、俺は思わずドキッとした。……なるほど。これは小悪魔系だな。
その笑顔は男心をくすぐるような、そんな魅力があった。
きっと、兄もその魅力に落とされた、とかそんな感じなのだろう。……確かにこの笑みは危険だ。……彼女がお願いすれば、きっとどんな男も首を縦に振ってしまうだろう。
そんな不思議な魅力を彼女は持っていた。まるで小悪魔だ……と、俺は何となくそう思った。初対面の人にこんなことを思ってしまうのは失礼かもしれないが、やはり噂通りの人だと、俺は確信した。それはいい意味でも、悪い意味でも。
「マリー、いいか?そろそろ父さんにも紹介を……」
そんなことを思っていると、彼女の後ろから、兄が現れた。兄は優しい笑みを浮かべている。……こんな兄、見たことなかった。
普段は、俺に見下し、馬鹿にしたような笑みしか向けない兄が、こんな優しい笑みを浮かべるなんて。
俺は、そんな兄を見て思わずゾッとした。
気持ちが悪い。
何なんだ。その笑顔は……と、俺は兄のその表情が気持ち悪く感じてしまったのだ。
そんな俺の気持ちなんて露知らず、マリーさんは笑顔で兄に手を振ると、
「ええ。わかりましたわ。……では、私はこれで。ジョン様」
ニッコリと俺に微笑みかけ、ゆっくりとした足取りでその場を去っていった。
……そして兄は……
「俺の女に手を出すなよ」
睨みつけ、俺にだけ聞こえるような声でそう言って去っていく。
「………」
「………」
マリーさんと兄が去っていき、俺とマークだけになった。俺もマークも無言だ。
マークは元々、無言な奴だったが……
「…ジョン様。行きましょう」
「え……?あ、うん。……そうだね」
俺が兄のあの気持ち悪い笑顔にぞっとしている中、マークは無表情で俺に話しかけてきた。
彼の声で現実に引き戻された俺は、戸惑いながらも頷くと、そのままマークは……
「申し訳ございません。あんな気持ちわる……失礼。……あんな優しい笑みをレオナルド様が浮かべるとは思いませんでしたので」
マークは無表情で俺にそう告げる。失礼なことを言いかけたが、俺は何も言わなかった。何も言わないのは、俺も思ったからだ。
あんな気持ちの悪い笑顔を浮かべる兄が、正直気持ち悪くて仕方がない。……そう思ったから俺は何も言わなかったのだ。
「そうだな。俺も気持ち悪いと思ったよ。」
「そうでしょうね。私も同じ気持ちです」
俺の言葉にマークは無表情で頷くのを俺は横目見る。
そして、俺はそんなマークにこう尋ねた。
「…マリーさん、俺の苦手とするタイプがプンプンするんだよなぁ……それはそうとして。あの笑みには見惚れてしまったが……」
「………まぁ、タイプと見惚れるというのはそんなに関係ないでしょう」
俺がマリーさんの笑顔と言葉に見惚れてしまったのを、マークは無表情で流した。…もしかしてフォローのつもりなんだろうか。
俺はマークの顔をじっと見つめた。……相変わらず無表情で、何を考えているか分からない男だなと改めて思った。
「………何ですか。ジロジロと。いくらジョン様といえど、気持ち悪いです」
豚を見るような冷たい目で俺を見つめるマークに、俺は思わず苦笑いをした。
△▼△▼
――そして数ヶ月が経った。季節は初夏。学園生活にも慣れてきた頃だ。
空は橙色に染まり、夕日が眩しく、馬車の窓から差し込む。
まるで空から絵の具が垂れ流されているような、そんな美しい夕焼けだった。
そんな空間の中――突然マークが口を開いた。
「そういえば……マリー・アルメイダとレオナルド様、婚約破棄をしたそうですよ」
淡々とそう告げるマークに、俺は思わず目を見開いてしまった。
……だってあまりにも急すぎるからだ。
数ヶ月前まであんなに仲睦まじくしていたのに……どうして急に婚約破棄なんかを。
と、いう混乱と……早くね?という気持ちが混雑し、思わず変な顔になってしまう。
それを横目で見たマークが、淡々とした口調でこう続けた。
「……婚約破棄するのが早くね、という顔をしていますね?私はわかっていましたよ。あの二人が……早々に別れることは」
淡々とそういったマーク。俺はその言葉に苦笑いを零しながら、
「…でも、兄は本気の恋だと言っていたし……女遊びが激しいとはいえ、今回は本気だったんじゃ……」
「レオナルド様が、本気で恋をしていた?ふふ……面白い冗談ですね」
俺の言葉を遮るように、マークはそう答えた。俺はその物言いに、思わず眉間に皺を寄せながら、
「冗談じゃなくてマジだよ。だって、あんなに仲睦まじくしていたし……今回は本気だとそう思っていたし…」
「……意外とジョン様ってブラコンですよね……あんなヤツを庇うなんて…」
同情するような目を向けてくるマークだが、俺は口を尖らすしかない。
「……別に庇ったつもりなんてねーぜ。ただ俺は信用したかっただけさ。兄を」
あんなに酷いことを言われた人でも俺は信用したい――と、言うのは、変なことだとは思うが、純粋に兄の才能には尊敬しているし。だからあの表情を見て、俺は確信したのだ。
――これは本気の目だ、と。
ただそれだけの、直感の話である。結果的に外してしまったわけだが……
「……そうですか……やはり、ジョン様はブラコンですよ」
淡々とそう言ったマーク。それは呆れたような視線だ。その視線に、俺はまた目を背けながら、
「(俺ってブラコンなの?……そんなことないと思うけど……)」
だって、俺は兄に馬鹿にされている。それは事実であり、俺は兄に対して尊敬の念はあれど、情は持ち合わせていない。
勉学も、武術も……全て兄の方が上であり、俺はいつも比べられる。
だから俺は兄が嫌いだ。大嫌いだ。
……だけども、武術は参考には出来る。剣を振るう姿は、誰よりも美しいと思うし、憧れている。ただそれだけの話である。
――だから、俺はブラコンではない。
と、それだけ言うと、マークは……
「ま、そういうことにしておきますか」
と、マークにしては珍しい含み笑いを浮かべていた。その態度に俺はまた唇を尖らせるが……これ以上、言葉を重ねればさらにからかわれるだけだろう。
そう判断した俺は、溜息をつきながら窓の外を眺めながら、
「(マークが従者ってことたまに忘れるな……)」
公の場では敬語を使いそこら辺は弁えているマーク。
だが、俺の前では少しばかり気が抜けて、本性が漏れている気がする。
それは、信頼されているからなのか……それともただ単に舐められているのか……
恐らく、どっちも。俺はマークに舐められているけども、同時に信用されている……と、そう思う。……多分。だが、それでいい。俺はマークを従者として信頼しているし。
……ただ、それだけの関係でいい。それだけでいいのだ。そう思っていると馬車が止まる。どうやら家についたらしい。
マークが馬車を降り、俺もそれに続くように馬車から降りる。そしていつものように俺は家に入ったのだった――。
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