『ジール・カンタレラとローズ・カンタレラのその後の話』
俺――ジール・カンタレラは、特別な存在だ、と幼少期は、信じて疑わなかった。なにをやらせても完璧にこなせたし、どんな大人でも一目で気に入ってくれる魅力的な容姿をしていたし、どんな状況でもたいていのことは打開できた。
故に、俺は調子に乗った。
俺は特別で、なんでもできて当たり前で、だからどんな失敗も許されると。調子に乗っていた。少なくとも、中学生までは……そう思っていた。今思えば、青臭いガキの浅はかな思考だ。
そんなわけはない。俺は特別なんかではないし、なんでもできるわけでもない。
それを思い知ったのは、王立魔法学園で初めて来た入学テスト。
内容は筆記テストと実技テストの二つ。筆記テストは、それなりに勉強すれば誰でも点が取れる問題だ。
だが、実技テストは違う。魔法に関する知識や技術は一朝一夕で身につくものではなく、その点数は努力の証と言い換えてもいいだろう。
勿論、目標はどっちも一位を取ることだ。そのために俺は、入学前から必死に勉強してきた。そう、勉強し続けてきたのだ。
故に、今回も筆記テストも実技テストも、満点はとれなかったものの、それなりにいい点数で合格して見せると息巻いていたのだが……。
俺は一位ではなかった。
僅差で、二位だった。そして――一位は、
「(ローズ・デイル……)」
俺は特別で、なんでもできて当たり前で、努力すればすぐに、一位になれる…と…そう思っていたのに……!
「(ローズ・デイル!名前覚えたからな!)」
今思えば、ガキの癇癪以外の何物でもない。
しかし、当時の俺にとっては、それはどうしようもないほどの屈辱だった。
△▼△▼
――結局、あの後、ローズ・デイルには一度も勝てなかった。筆記テストにも、実技テストにも。そして――。
「好きです。ジール様」
――そして恋愛でも、俺はローズ・デイルに敗北したのだ。最早、彼女に勝つ要素は、何一つとして残っていなかった。
でも、それでいいのかもしれない。ローズ・デイルに勝てる存在など、存在するはずもないのだから。
彼女に比べれば俺なんて凡百の一人にすぎない。この身は、彼女の引き立て役に過ぎないのだ。
と、思っていたのに。
「………私も嫉妬していました。ジール様に」
まさかの、ローズ・デイルも俺に嫉妬していた……ことに驚いた。だってそうだろう?だって手に届かないと思っていた相手が自分に嫉妬するだなんて……可笑しな話だとそう思うのだが。
「……好きです。ジール様。」
恋焦がれるような、視線が理解ができなかった。だって、ライバル視していた相手が自分のことを好きとか……いや、好きだからこそライバル視していたのか……? わからない。
わからないから――俺は、ただローズ・デイルの言葉を反芻することしかできなかった。
△▼△▼
――どうして、こうなったのだろう。
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も……愛し、敬い、慰め合い…その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
教会の神父様の言葉に、隣のローズが頷く。ローズはウェデングドレスを着ている。ローズの美貌と合わさって、まるで絵画を切り取ったかのように神々しく見える。
そう思いながら、俺は……
「誓います。」
――と言った。……そう。俺は今、教会で結婚式を挙げていた。
隣にいるのは、ローズ・デイル。俺の恋人で……そして今日から妻になる人だ。
「(ど、どうして……こうなったんだ?)」
それは三日前に遡る――。
△▼△▼
「結婚しましょう?ジール様」
「結婚……!?」
それは、ある日の午後のひととき。
食堂で食事を摂っていた時、突然ローズが言い出した。俺は思わず飲んでいた紅茶を噴き出しそうになってしまった。
「……ま、待て。どうして急にそんな話になるんだ?」
「急ではありませんわ。ずっと前から考えていましたもの」
うっとりと、ローズが呟く。…ローズと付き合って一年が経つが、未だにローズの言動には振り回されることが多い。
今だってそうだ。なにがどうして結婚の話になったのか、さっぱり理解できない。
……いや、理解したくないという方が正しいか? しかし、そんな俺の気持ちなど露知らずといった様子でローズは続ける。
その笑顔は、まるで天使のように美しいのだが、どこか有無を言わせない圧があるように感じるのは俺の気のせいだろうか? ……気のせいであってほしい。
「……結婚って素敵ですわよねぇ。」
ローズが言う。その笑顔はかわいい。だが、その奥に潜む感情が読み取れないのが恐ろしいところだ。
……俺は知っている。こういうときのローズは圧が強い。ニコニコと微笑んでいるように見えるが、その実ローズは結構頑固だったりするのだ。
……こうなったローズは誰にも止められない。ならば、俺が取れる選択肢など一つしかなかった。
その選択肢は……
「(結婚すること……なのか?)」
別に結婚すること自体は構わない。ローズのことは好きだし、これからもずっと一緒にいられたらいいなぁ……と思っている。だが、それはそうとして――。
「圧に負けて結婚するとか……」
かっこ悪い、と思うのは俺だけだろうか……?どうせ、するのならかっこよく、プロポーズして結婚に漕ぎ着けたかったと思うのは間違っているのだろうか……?
と、そのことを友人に相談すると、
「ほーーん?結婚を促されて圧をかけられた、と……」
俺の友人であるクラウス。こいつはにやにやしながら俺に言う。……こいつ、絶対面白がってるだろ。
だから言いたくなかったのに。だが、相談する相手が他にいなかったのだ。
……俺は友人が少ないのだ。悲しいことに。否、上辺だけの関係ならたくさんいるのだが、腹を割って話せる友人は、こいつしかいないのだ。
選択肢がこいつしかいないのも、わりと悲しい人生である。だが、それはともかくとして――。
「結婚の圧が嫌なのはわかるけども……諦めて大人しく結婚しろよ」
クラウスは俺の肩に手を置くと、諭すように言う。それが一番手っ取り早く、楽な方法であることは理解しているつもりだ。
だがしかし、その方法は男としてどうなのか?と思うのだ。
俺はローズの圧に屈しただけ……そんな不甲斐ない理由で結婚を決めていいのだろうか? と、俺が悩んでいると、クラウスが呆れたように言う。
「……お前だってローズさんのこと、好きだろ?」
「それはそうだが……」
「ならいいじゃねぇか。結婚すれば幸せになれるし?ローズさんも喜ぶし?嫌いならともかく、好き同士の結婚だろ。プライドとか捨てろ」
……キッパリとクラウスは言う。実際それが正論。……俺がくだらないことで悩んでいるだけなのだ。
だが、それでも俺は納得できなかった。
……これに関しては、ただの意地だ。俺のちっぽけなプライドが、素直に首を縦に振るのを拒んでいたのだ。
自分でも思う。何て面倒臭い性格をしているのだろうと。
それでも、俺は納得できなかった。だから、俺はクラウスの意見に素直に頷くことができないのだ。
そして、そんな煮え切らない俺の態度を見て、クラウスは深いため息を吐いた。
そして、呆れたように俺を見つめると……言った。
「で?何でそんなこと相談したの?俺の意見を参考にする気なんてなかったんだろ?」
ギロリ、と俺を見つめる。図星だ。クラウスの意見を参考にするつもりなんて、まったくなかった。
ただ、誰かに相談したかっただけ……それだけだったのだ。
「もう答えは出てるんだろ?さっさと素直になれよ。とっととローズさんのところに行け、って言ってるの!」
「…………」
言葉も出ない。……確かにその通りだ。俺はローズのことが好きだ。結婚したいと思っているし、そのチャンスが目の前に転がってきたら迷わず掴むだろう。
だが、それでも素直に頷くことができないのは……俺のちっぽけなプライドのせいだ。
わかっているのだ。こんな小さな意地を張ったところで、何も解決しないことぐらい。
「……これに関しては、本当に参考にするのだが……お前がカトリーヌ嬢にプロポーズする時はどんな感じだったんだ?」
何気なく、俺はクラウスに尋ねた。
実際、参考になるはずだ。なにせ、こいつはプロポーズして結婚に漕ぎ着けているのだから。そう思いながら、俺はクラウスを見ると、
「………してねーよ」
「……え?」
聞き間違いだろうか?プロポーズしていないって聞こえたような気がするが…?俺が目を見開き、呆然としていると、クラウスは頬を掻きながらこう言った。
「だーから。してないよ。…………俺じゃなくて、カトリーヌが俺にプロポーズしたの」
「……そ、そうだったのか……」
「うん………」
気まずそうに、そう言って視線を逸らすクラウス。俺も気まずい空気に包まれる中……
「と、とにかく、プライドとか捨てて結婚しろや。カトリーヌに先にプロポーズされた俺よりマシだろ?」
「…………そ、そうだな」
そう言われて俺は頷いた。
△▼△▼
――結局、俺とローズは、結婚した。プロポーズはしなかったし、ローズも……
『プロポーズなんていりません。貴方と一緒にいられれば、私は幸せですから』
ローズは、そう言ってくれた。だからプロポーズはしなかった。プライドは捨てたし、ローズも求めてこなかった。……今思えばクラウスの言う通りちっぽけなプライドだったと痛感したが――。
「愛していますわ。ジール様……いえ、もう旦那様になるのだから、ジールの方がよろしいですか?」
揶揄うような、口調でそういったローズ。俺はその言葉に改めて実感する。
「(………本当に結婚したんだなぁ……)」
というよくわからない感情が流れ込んでいく。
思わず聞いてしまった。ローズの顔が目の前にある。ローズの美しい瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
「……はい。私……ジールのことが……好きです……」
――初めてのときは、本当に嫌いだったのに。憎たらしくて仕方がなかったのに、今ではその姿が愛おしくて仕方がなくなっていた……。
「――っ!……嬉しいよ!ありがとうローズ!!――大好きだ!ローズ!愛している!」
そう言いながら、俺はローズの唇にキスをする。最初は触れるだけのキスだったが、次第に深いものになっていく。
唇を離すと、ローズの唇からは、透明な唾液が垂れていた。
「………深いです……ジール……」
そう言いながら、ローズは俺の首に腕を回してキスを求めてくる。
「…………好きだ」
もう離さないし、離したりしない!
俺は心に決めながら、もう一度ローズを抱きしめた。
△▼△▼
――ローズ・デイルは、この日が一番、幸せだとそう断言できる。
何故なら、最愛の夫との初めてが、こうして叶ったのだから。
初めて出会った時は憎かった彼が今じゃ愛おしく感じているのも変な感覚だが、それでも、私は……
「好きですわ」
スヤスヤと眠る夫のジールに、私はそう呟いた。
……もう離さないし、離したりしない。
だって私と、ジールは好き同士。離れることなんて出来ない運命共同体。
私は今が幸せです。貴方も同じ気持ちなら嬉しいですわ。
だから、これからもよろしくお願いしますね! 私の大好きな旦那様……と、思いながら私は微笑んだ。
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