『マリー・アルメイダのその後の話①』
結婚。という二文字には心が躍る。夫に愛され、そして自分も夫を愛して。
そんな生活に憧れを抱いたことが無いとは言えない。
……けど、私には無理だった。
学生時代に、私はみんなの憧れであるレオナルド・オルコット殿下には、婚約者がいた。それはカトリーヌ・エルノーという女だった。
その女はパッとはせずに、いつもおどおどした態度で人の意見に流されるような、そんな女だった。
そんな女がどうして、レオナルド殿下の婚約者として選ばれたのか、私は理解できなかった。
故に、私はあの女から殿下を奪ってやろう、と思った。
そして、奪ってやった。レオナルド殿下を。元々、あの女――カトリーヌ・エルノーのことを鬱陶しく思っていたらしく。私はその日から、殿下の婚約者となった。
それからは楽しかった。レオナルド殿下に愛される日々は、とても幸せだった。
そして、私もクラウスという婚約者を捨てた。
レオナルド殿下に愛されている私には、最早あの男なんて必要なんてなかったし。
だから、私はレオナルド殿下を愛し、そしてレオナルド殿下も私のことを愛してくれた。そう。私と殿下は、幸せだったのだ。
だが……それは長く、続くものではなかった。
ある日、私が急にレオナルド殿下に冷めたのだ。だって、私が適当に愛の言葉を囁いても、赤面し、愛の言葉を囁いてくれる。前なら優越感に浸れたのに……今の私はなにも感じなかった。
だって、私には絶対に振り向かせたい人が出てきたから。名前はジール・カンタレラ。彼は、私に愛の言葉を囁いてもお礼を言ってくれるだけで、赤面なんて一切しない。それどころか言葉も嘘だらけ。でも、それを知ってて尚、私は彼に恋い焦がれる。
彼を本気にさせたい、と思ったのは不自然ではないのだろう。それからは、私は本気で彼を落としに行った。なのに、彼は私に振り向いてくれない。
……愛の言葉を囁いてくれても、全く響いてない。
でも、それでも私は彼のことを好きでたまらなくなったのに――それは罠だった。
△▼△▼
――酷い。酷い。酷い。
グシャグシャ、と手紙を放り投げて、私はベットの上に寝転がる。ヤケクソ、という言葉がお似合いの状況だ。
「何なの?慰謝料もふんだくられて……!」
そのせいで、両親からも捨てられ、見放された。慰謝料のせいで借金まみれだし。両親は肩代わりなんてしてくれなかったし。
「……酷い。酷い。」
壊れたラジオのように、何度も言葉を繰り返す。逆恨みだということは分かっている。分かってはいる、のに。
「――そうよ。こんなこと、あってはいけないのよ」
濁った目をしながら私はベットのシーツを握りしめる。こう考えもしないと、自分が自分を保っていないと思ったからだ。
「――復讐してやる」
と、言った。
△▼△▼
復讐してやる、とは言ったものの、どうやってやればいいのか全く分からない。
……慰謝料をふんだくられたせいで、お金はないし。
協力者を探さないといけない。
真っ先に頭に浮かんだのは、レオナルド殿下を思い浮かべたが、あの男はあの男で浮気しているし。
てゆうか、冷静に考えたらこいつ、三股してんじゃん。なら、私もあいつに慰謝料を取らないと割に合わなく無い?と思いながら、私は――。
「………面倒くさい」
……と、呟く。あの女の絶望顔を見たいのは事実。事実、なのだが――。
「面倒だ」
……そう。面倒臭いのだ。全くもって、面倒臭い。
私がこうして悩んでいる間にもあの女はレオナルド殿下と仲良く愛を育んでいるのだろう。
そう考えると、イライラしてきた。
「………なら、もういいか」
復讐するといったのに。面倒だと考えてしまうこの感情がある限り、私は復讐できない。なら、もういっそ――。
「きゃ……!」
「あっ……ごめんなさい」
と、急に後ろからぶつかってきた何者かに抱きつかれて驚く。その拍子に尻もちをつくと、誰かが私の手を引いて立たせ、
「だ、大丈夫ですか?えーと……」
――その男は、イケメンだった。レオナルド殿下やジール様とは違うタイプのイケメンである。
レオナルド殿下は男らしいイケメンでジール様は綺麗な美男子という感じなのだが、この男はどっちかというと……可愛い系イケメンというところだろうか?
所謂、ショタという奴だろう。年は私の一つ上くらいだと思う。その可愛さに目を奪われてしまった。
「あの、大丈夫、ですか?」
心配してくれるのだろう。その声を聞き、はっと我を取り戻す。
「は、はい、大丈夫ですわ」
私は思わず、少し高くなった声で答えてしまう。だってあまりにも可愛いから。
「そう。良かった」
そう言って男は微笑んだ。
△▼△▼
あの男の名前は、クリストフ・メルティルと言った。ショタっぽい顔をして、実は20歳だそうだ。何でそんなことを知っているのかというと、ぶつかった後、私が彼を誘ったからだ。
私が彼を誘った理由は一つ。彼に一目惚れしたからだった。
私は惚れっぽい性格なのだと、今回の件で自覚した。でも、しょうがないじゃないか。あんな可愛い男の子、初めて見たんだもん。
惚れない方がおかしいと思う。しかも彼、レオナルド殿下とジール様とは違うタイプのイケメンだし。
……ただひとつの懸念事項。それは彼が貴族ではなく、庶民であることだ。
この国は貴族が支配階級にいる。つまり、庶民は貴族に虐げられ、蔑まされる立場なのだ。
特に、酷い扱いを受ける庶民は奴隷のような扱いを受けることも珍しくない。
まぁ、今はそんなことはないし。今はレオナルド様ではなく、ジョン様が国を治めているから。
だから、貴族が庶民を蔑ろにすることは少なくなっていると思う。だが、そんなことは関係ない。相手が庶民、ということが私の問題。
庶民相手に恋なんて、私のプライドが許さない。いや、だって私は令嬢なのよ?令嬢から庶民に成り下がったとはいえ。
貴族だった私が庶民に恋をするなんて、あってはならないこと。
だけども、彼を見ると。彼のことを思い出すと、胸が高鳴ってしまう。
また彼に、会いたいと思ってしまう。
その感情が恋だと気付いているが、知らないフリをするしかない。
私は公爵家の娘。庶民に恋をすることなど許されない。
落ちぶれた今も。私は、貴族の誇りを忘れないようにしなければならない。両親に捨てられても、私は貴族の娘。
そのプライドだけは、捨てる訳にはいかないのだ。
それに、庶民と恋なんてしたら両親を見返すことなんて到底無理な話。両親をバカにできない上に逆にこっちがバカにされる。そんな屈辱は、耐えられない。
だから、彼のことは忘れることにしよう。きっとそれが最善なのだ。
だというのに、忘れようとするほど頭の片隅から彼が消えなくなる。
そして、彼を忘れようと決意する度、彼に会いたいと思ってしまうのだ。
もうどうしたらいいのよ!! ……でも、これが恋だということは何となく分かっていた。しかし、認めたら負け。
そう、恋を認めてしまったら、庶民に惚れてしまったという屈辱を味わうことになる。そんなのは死んでも嫌だ!! だから私は、この恋を認めてはいけないのだ。
「はぁ…どうしたものかしら……」
「何が?」
独り言を呟くと、後ろから返答があった。びっくりして後ろを振り向くと、そこには――。
「クリストフくん!?」
「こんにちは、マリーさん」
彼がいた。小首を傾げ、私を見るクリストフくん。…本当庶民という点を除けば、可愛い顔してるよね。スペックは申し分ないのに本当に庶民ってだけで勿体ない。
庶民、ということを思い出して私はため息を吐く。
すると彼は、心配そうに私を見た。
「大丈夫ですか……?何か悩み事でも……?」
不安そうな彼の瞳に、私は胸がキュンとした。
……ってダメダメ!惚れちゃダメよ私! 自分に言い聞かせ、私は彼に微笑みかける。
すると彼は安心したようにホッと息を吐き、
「い、いえ。大丈夫ですわ。ご心配をおかけしてすみません」
思わず、敬語で話しかけてしまった。だって、つい敬語で話しちゃったんだもん!仕方ないよね!? 彼はキョトンとした顔で私を見る。そして、嬉しそうに笑った。
その笑顔にまたキュンとするが、それを何とか押さえ込む。
そんな私の心情など知らない彼が口を開いた。
「あのね。マリーさん。ちょっと付き合ってもらえない?」
「………え?」
突然のことに、私は間抜けな声を出してしまった。
△▼△▼
――今彼は付き合って欲しい、と私に言った。
その発言に、私は一瞬意識が飛びそうになった。頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。
だけども、すぐにそれは正気に戻り、私は首を左右に振った。
「え?あ……やっぱりダメ?」
正気を取り戻すと、クリストフくんは悲しげな表情をしていた。……どうやら、断われたと勘違いしているらしい。
私は慌ててこう言った。
「い、いえ!ダメではありませんわ!ただ、その……急に言われて驚いただけです!そ、それで……私に何をお望みなんですの?」
――自分は何を言っているのだろう。本当なら否定するべきの言葉だったのに。結局、プライドを言い訳にして、私は彼の告白を受けてしまった。
私の返答に、クリストフくんは嬉しそうに微笑むと、私の手を握りしめた。
そして、こう言ってきた。
「嬉しい!じゃあ、行きましょう!マリーさん!」
そう言って、彼は私の手を繋ぎ、走り出した。
△▼△▼
私は、彼に手を引かれて、走った。
何処に連れて行かれるのかは分からないが、私は大人しく彼に従って付いていく。
――何を言われるのだろうか。彼は一体、私を何処に連れて行くつもりなのだろうか。分からない。
「……っと。ここなんだけど」
ついた場所は、カフェだった。オシャレな外観をしており、テラス席ではカップルが仲良く食事をしている。
そして、店内には落ち着いた雰囲気の音楽が流れている。
ここのカフェは貴族御用達の場所であり、とてもお高いところだ。……まぁ、別に庶民でも入れるが、それなりに料金が高く、気軽に入れるものではない。
……だが、クリストフくんはなんの躊躇いもなく店内に入って行く。
「あ、あの……私そんなにお金持っていませんわよ?」
「あぁ、大丈夫です!俺が奢りますから!」
奢る――と、簡単そうに彼は言うが、ここの料金はとても高い。庶民では絶対に手が届かない値段なのだ。
……本当に大丈夫なのだろうか?私が心配していると、クリストフくんは、
「何か食べたいものはありますか?」
と、聞いてきた。どうやら彼は奢ってくれる気満々らしい。私は少し考えた後、メニュー表からコーヒーとケーキのセットを選んだ。このセットが一番安いし。
「え?もっと高いのでも良いんですよ?」
「いいえ。私はこれが良いの」
遠慮するな、と言ってくる彼に、私は微笑みながらそう言った。これがレオナルド殿下やジール様やクラウスだったら全く遠慮なんてしないが、クリストフくんは庶民。流石の私も遠慮はするというものを覚えているし。
――しばらくして、注文したものが運ばれてきた。
私の前にコーヒーとケーキが置かれ、クリストフくんの前にはコーヒーとサンドウィッチが置かれた。
私は一口コーヒーを啜る。……独特の苦味が口いっぱいに広がり、私は思わず顔をしかめながら、さりげなく、砂糖とミルクを入れながら、
「そ、そういえば……今日は何で私を誘ってくれたの?あ、その……嫌ってわけじゃないのよ?」
と言った。すると、クリストフくんは少し照れた様子で、
「んー、特に理由はないけど……。ただ、今日はボーナスが入ったんだ。だからパァーッとやろうかなーって。二年ぐらい貯めてて……両親からもそろそろ自分のために使え、って言われていたし……」
と、言ってきた。……なるほど。だからここのカフェに来たのか。確かにここは庶民の人たちは自分へのご褒美として訪れることが多いから、彼も自分へのご褒美として来たのか……それは分かるのだが……。
「何で、私なの?」
そう。私はそこが疑問だった。どうして私が誘われたのか……自分のご褒美として、ここに来るのは分かる。でも、どうして私を誘ったのだろう。一人の方が色々と沢山食べれてお得なのに。
……そう思っていると、クリストフくんは、コーヒーを一口飲むと、こう言った。
「うーん。何でだろうなぁ。…頭の中に思い浮かんだのがマリーさんだったんだよね。何でだろうなぁ……」
――何でこの人は、こういうことを素で言ってしまうのだろうか。
私は、思わず顔が赤くなるのを感じ、慌ててコーヒーを飲む。……甘い。ミルクと砂糖なんて入れなかったら良かった。
「そ、そう……」
むず痒くなる。クリストフくんは、無自覚でこういうことを言ってくるから、困る。
……少し間を置いて、私は落ち着きを取り戻した後、クリストフくんに言う。
「隣にいてほしい……って思ったんだ。変だよね?会ってそんな間もないのに」
そう言ってえへへ!と彼は笑った。
……クリストフくんは、どうやら本気で言っているらしい。私は、そんな様子の彼に、クスリと微笑み返す。
――恋の音が確かに聞こえた。
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