第38話 懲りない敗北者達

「とんだピエロだ」



 生徒会長室で、メガネを拭きつつ、数緒は一息をついていた。前代未聞の生徒総会を終えて、ドッと疲れが押し寄せてくる。終わったといっても、無事に、とは言えなかったが。



「本当に狼狽うろたえるさま無様ぶざまでおかしかったですよ」


「語呂よくディスってくるんじゃない。あの立場でかっこいい方がおかしいだろ」



 湊が愉快そうに言うので、鬱陶しそうに数緒は言って払った。



「世良副会長は様になってなっていましたね。正義の政治家ってかんじでかっこよかったです」


「どちらかというとあっちの方が悪役だけどな。まぁ、君がそう見えたんだったらよかった。そういうだったし」


「えぇ、ばっちりだったと思います。しかし、もっと早くに教えてほしかったですね。いったいいつから考えていたんですか? 


「最初からだ」



 メガネをかけ直して、数緒は平然と答えた。



「実際に撤回シナリオが走ったのは恋愛税が公式発表前に学園内緊急ニュースですっぱ抜かれたときだな」


「そんなに前からですか?」


「あのとき学民党内にいる増税反対派が情報をリークしていた。その辺りを抱き込むのに一年かけるつもりだったのに、時期が早まったからな。それに報道のコントロールもできていない。こういうときは、うまくいかないもんだ」


「最初から撤回する気だったとは」


「別に撤回する気はなかったさ。世良くんの言った通り、支持率が確保できていれば、あのまま可決する予定だった。だが、支持率は回復しなかった。だから、撤回のシナリオに切り替わった。その判断は世良くんに任せていたからな」


「あの演劇染みたやりとりは何だったんですか?」


「それも世良くんの言った通りだよ。生徒総会に恋愛税を提出して、否決したならば、その後、もう恋愛税を通すことはできない。だから撤回するしかない。けれどもただ撤回したら学民党全体の支持率が下がる。だから、どうせ撤回するなら、恋愛税を推し進める生徒会を、学民党の有志が止めたみたいな演出をした方がいいだろ。これで世良くんの人気があがった。彼を中心に生徒会を作っていける。これで2年後の生徒会は学民党で決まりだ」


「なるほど。それで世良副会長が勇者役、会長が魔王役ということですか」


「演劇となるといつも良い役をもらえないんだ。俺の唯一の悩みだな」


「日頃の行いですね。まぁ、それはいいとして、どうして私はこのことを教えてもらえてないんでしょうか? 私も生徒会の一員なのですが」



 湊がこの話を聞いたのはついさっき。生徒総会が終わった後だ。澄ました顔をしているが、内心怒っているのかもしれない。



「あたふたする後輩を見て楽しかったですか?」


「楽しかったね。生徒総会が中断されて、血相を変えて、議長のところに走っていく君の後ろ姿は実にかわいらしかった」


「セクハラです。訴えます」


「そんなことを言うが、シナリオを教えたとき、あまり驚いていなかったじゃないか。途中で気づいてはいたんだろ?」


「まぁ、あんなにあからさまな演劇を目の前でされては誰でも気づきます。世良副会長、ちょっと笑ってませんでしたか?」


「あいつはゲラだからな。ひやひやしたよ」



 そこで、とんと両手をデスクの上に置いて、数緒は種明かしを続けた。



「そもそもこれは学民党OBと生徒会役員で決めたことだ。まぁ、君は生徒会役員だから伝えてもいいのではないかという話もあったが、校則案を通すための手順を普通に学んだ方がいいということで教えないこととなった。それに、驚いただろ?」


「悪趣味ですね。いい勉強になりましたよ」


「文吾が思ったよりもいい立ち回りをした。本当に舞台映えする奴だよ。あいつが俺の味方をしてくれていれば通せていただろうが、まぁ、それは欲張りか」


「その割に元気そうですね。目的の恋愛税を通せなかったというのに」


「はは、そうか? 疲れているからかもしれないな。生徒会長には憧れていたが、この激務は正直厳しかった。まぁ、それでも、今日で終わりかと思うといささか名残惜しい気もするが」


「終わり?」


「何だ? 察しがわるいな。今日の話の流れでわからなかったのか? 俺は今日で生徒会長を辞任する」


「!?」


 

 湊は今まででいちばん驚いた顔を見せていた。今日は彼女のいろんな表情を見れただけで、仕掛けをした甲斐があったというものだ。



「臨時生徒会長選が行われるが、世良くんで決まりだろう。今から生徒会を再結成するのは難しいから、君は存続するはずだ。彼の元でがんばってくれ」


「そんな……、急に。私はもっと会長から教わりたかったのに」


「世良くんは世良くんで良い政治家だ。君も学ぶことが多いだろう」



 2年生で生徒会に入れたことで湊は貴重な実務経験を得ることができた。ただ数緒のもとにいたせいでからめ手ばかりを学んでしまった。一度、世良のもとで地道で正攻法の政治も学んだ方がいい。


 そんな親心を、数緒がかるい気持ちで会話をしていると、湊はすんと鼻をすすった。別れを惜しんでいるのだろうか。数緒が生徒会を辞めれば会うことは激減するのは間違いない。言ってしまえば部活の引退のようなもので悲しいのもわかる。湊も意外とかわいらしい一面があるじゃないかと数緒は思った。


 そうやって最後のときを名残惜しそうに見つめ合っていると、湊がすーっと机をまわり、数緒の隣まで寄って来た。そして肩に手を乗せ、膝を数緒の股に滑り込ませた。



「会長。私の気持ち気づいてましたよね?」


「気持ち?」


「惚けないでください。私は、会長が好きなんです」


「そうだったのか。それは光栄だな」


「最後に一度だけ。一度だけでいいので私の気持ちに応えてくれませんか?」



 ぐーっと顔を近づけてくる湊。生徒総会に合わせた薄い化粧。長いまつげとつぶらな瞳、ピンクに塗られた唇がキラキラと濡れている。幼い顔立ちをできるだけ艶っぽくしており、その努力がいじらしく、男心をくすぐってくる。だから、というわけではないのだが、数緒はその顔にそっと手を当てて、囁くように言葉を返した。



「そうだな。俺も最後に一つ言いたいことがあったんだ」


「何です?」


を仕掛ける相手は選べ」


「……何のことでしょう」


「君は俺によく似ている。だから、君が考えていることは手に取るようにわかった。君は、初めて俺に会った瞬間から、生徒会長になることしか考えていない。俺のことも、生徒会長になるための踏み台くらいにしか思っていない。俺に取り入って、女子初の生徒会長になる。そのために、俺の弱みを握りたかった」


「そんなこと……」


「何でわかるのかって? 簡単だ。俺が君ならそうするからだ」


「……はぁ。会長と年が離れていてよかったです。同年代だったら、おそらく殺していました」


「お互いにな」



 ふふ、と二人して笑った。その笑いは自然と溢れ出てきたもので、久しぶりに心のままに笑ったような気がした。それは同族を自覚したことへの安堵なのか、それとも、敵と認識したことへの挑発なのか。数緒にもわからなかったが、今は考えないようにした。湊は、数緒の頬に唇をかるく当て、そして耳元で別れの言葉を囁いた。


「会長には、できれば政治家としてではなく一人の女として出会いたかったです」


「俺もだよ。君のような良い女はそういない。まったく不条理な世の中だ」


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