第33話 通常運転

小鳩こばと会計! 週刊ヒポポタマスに書いてあることが本当だとしたら、これは由々しき問題ですよ!? そもそも無責任だと思わないんですか? 未成年の女子生徒を妊娠させておいて、知らないと言い張るなんて男として恥ずかしいです!」


「ですから、その件に関しましては、私は無関係であり、当女子生徒とは恋愛関係でもありませんし、性交渉も行っていません」


「しらばっくれないでください! じゃ、どうして週刊ヒポポタマスにこんな記事が書かれているんですか? 火のないところに煙は立たないんですよ! ここに書かれている内容を読み上げますよ? いいですか? 被害にあった女子生徒は小鳩会計とは恋愛関係にあった、何度も夜を共にしたと告白している。避妊してほしいと言ったのに彼は私の話を聞いてくれなかったと涙を流しながら語った。聞きましたか? 女子生徒は涙を流しているんですよ!? あなたはどう責任をとるおつもりですか!」


「その記事の内容について、現在、問い合わせ中ではありますが、私にはそのような記憶はなく、当女子生徒の発言は捏造ねつぞうであると言わざるを得ません」


「嘘だって言うんですか! 生徒会役員がそんなことを言っていいんですか? じゃ、この写真は何ですか? 小鳩会計と女子生徒が抱き合っているじゃないですか!」


「その写真は解析の結果、生成AIによるフェイク画像だと判明しており、既に報道もされています」


「……、それだけじゃないんですよ! 小鳩会計と女子生徒が交際していたという証拠がね、もう山のようにあるんですよ! 嘘だというんだったら証明してください! 小鳩会計には説明する義務がありますよ! 今のような不誠実な態度ではですね、疑惑は深まるばかりですよ!」



 講堂にて、小鳩会計と友遊党のクラス代表が舌戦が繰り広げられる中、生徒会役員席に座る数緒は、素朴に思った。



「これは何の話をしているんだ?」



 確か生徒総会が開催されているはずだ。しかし、先ほどからネットニュースに書かれた記事に基づくゴシップの話をずっとしている。別に珍しい光景ではないのだが、数緒はふと我に返ってしまったのだ。彼の呟きに応じたのは、隣に座る書記の湊であった。



「つい先日、週刊ヒポポタマスがスクープした小鳩会計のスキャンダルについて議論していますね。何でも小鳩会計が未成年の女子生徒とセッ〇スして妊娠させたとのことです」


「マジか? 小鳩先輩もなかなかやるな」


「本気で言ってます?」


「そんなわけないだろ」


「ですよね。小鳩会計は政治家にしては稀にみる人格者ですし、そんなひどいことするわけありません」


「いや、あの人の性事情は知らんが、小鳩先輩の叔父は財務省の事務次官だぞ。もしも本当に相手を妊娠させたなら、完全に揉み消される。こんなふうに表に出ることはない」


「……、はっきり言ってサイテーですが、いずれにしても根も葉もない噂を基にした三流記事について、友遊党のクラス代表が小鳩会計に質問しています」


「それは、生徒総会でやることか?」


「生徒総会での質問内容は、質問者に決める権利があります。そしてその内容に制限はありません。底辺ユーチューバーが3分くらい考えてでっちあげたくそゴシップであっても、質問内容として不正ではありません。まぁ、時間の無駄ではありますが」


「次期選挙に向けたアピールか。まじめな議題よりも、くだらないゴシップの方が話題になる」


「政治の腐敗が極まってますね」


「政治家のせいじゃないさ。政治のレベルは生徒のレベルで決まる。生徒がゴシップにしか興味を示さないから、政治家がゴシップの話しかしなくなるんだ」


「それで政治がよりつまらなくなり、政治への関心がなくなっていく。負のスパイラルですね」


「前にも言ったがそういう大きな流れは構造なんだ。俺達にできるのは、構造を理解した上でうまく利用するくらい。友遊党もそうしているに過ぎない。小鳩先輩がヤっていようがいなかろうが、女子生徒が妊娠していようがいなかろうがそんなことはどうでもよく、使えるものを使っているだけだ」


「ちなみにですが、女子生徒は本当に妊娠しているようです。性に奔放ほんぽうな子で、妊娠がわかったとき父親候補が多すぎて誰かわからない状態だったと。そこで知人の紹介で小鳩会計が相談に一度乗った、というのが二人の唯一の接点ですね。今となっては、その知人が友遊党の仕込みだったのではないかと思われますが」


「どうかな。ただ単にババを引いただけのような気もする。たまにあるんだ、そういう爆弾みたいな奴に絡まれることが」


「少し調べれば真相はわかりそうなものですが、既に筋書きを書かれていますからね。それ以外の話を聞く気がない。あとは悪魔の証明をさせる。はっきり言って不毛です」


「何か追及している感じがするだろ。ほとんどの生徒は内容なんて聞いてないからな。雰囲気だけ出せていればいいんだ」


「生徒のレベル、ですか」


「どうでもいいんだが、どうして追及されるのが俺のスキャンダルじゃないんだ? 今日は千恵美の未成年飲酒疑惑を聞かれると思って来たんだが」


「んー、飲酒と妊娠だったら、妊娠の方がインパクトが大きいからじゃないですか?」


「そういうものか」


「あと小鳩会計の方がイケメンですからね」


「……そこはにごせ」


「あ、すいません。はっきり言ってしまいました」



 そんな雑談をしていると、やっと小鳩会計への質問が終わった。質問者の友遊党員もやりきった顔をしていたのだが、彼女はあれでいいのだろうか。一方で、小鳩会計はひどく疲れた顔をしていた。少なくとも彼の精神を削ることには成功したらしい。


 そして、次のクラス代表が登壇する。いや、次はクラス代表ではないようだ。推薦制度。クラス代表の推薦があれば、一般生徒でも生徒総会で質問ができる。ただし投票権はない。クラス代表側にも一般生徒側にもほとんどメリットがないので、近年使われた例はない。久しぶりに使われるということで議長がどう運用していいかわからず、いろんな人に聞いてまわったらしい。



「まったく、人騒がせな奴だ」



 数緒は背筋を伸ばして登壇者を見やる。彼もまた数緒の方に視線を向ける。この場で顔を合わせることになるとは思わなかったが、いざ実現してみるとなかなか感慨深いものがある。


 登壇者は、運動部特有の無駄に大きい声で、名乗りをあげた。



「遠滝汐クラス代表の代理を務めさせてもらいます、浜部文吾です。恋愛税に関して質問させていただきます」



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