中嶋ラモーンズ・幻覚7
安保 拓
雪原を超えて。
僕には、東京で一番好きな人が居た。あんまり可愛くないけど、笑うと右唇がクイッとあがってクスクスと笑顔で見つめてくる彼女が大好きだった。でもある日、東京という街で突然姿を消した。理由は、相手の想像になるので書くことはできないが、僕がふられてしまったんだろう。僕は、三日程、東京の街を彷徨い歩くことなるのだが、現在では、何処をどう歩いたかも忘れるくらい時が経ってしまった。そして、仕事も辞めてしまい、アパートの家賃を滞納して行き場を失った僕に、後に付いた病名が「精神分裂病」だった。彼女を失った後に観た幻覚の中の一つに、真夜中の月を見ると月へ彼女が帰ってしまったとめそめそと泣いている僕が、国分寺駅周辺を徘徊していた記憶があるのだが、それもまた時が経ち過ぎてしまい上手い表現方法が見つからない。その月の大きさは、その後、一度も見たことないくらい大きい大きいお月様だった。後は、公園の池の白い鯉を彼女だと思い込み、彼女の名前を叫びながら白い鯉を捕まえようとしたり、猿のように公園の木に何度も登り降りしたり、国分寺駅の中をフラフラしながら浮浪者に声をかけては、自分の名前を名乗り、俺は将来有名な人になると言ってみたり、とにかく三ヶ月かけて幻覚は、ゆっくりと上昇していったのだけは確かだった。その毎日は、キラキラと僕だけに降り注ぐ星のような生活だった。
真夜中に僕だけが感じる星空を見た時にこんな台詞が聴こえてきた。いわゆる幻聴だったのだろう。
「あなたの大好きな人は、あなたの命が助かる代わりに、月へ帰ることになったのでしょう。兄弟もまたそのうち、月へ帰られることになるでしょう。命の代わりに、あなたの大切な人は何度も、突然消えて居なくなるでしょう。今まで出会った人も、これから出会う人も、ある日消えて居なくなるでしょう。それは、カミサマの与えた罰ではなく、あなたが一人で生きていく為の天命です。」
そう聴こえると、月は夜空の雲に隠れ消えていった。それからこの歳になるまで、大切な人は死をもって予告通り消えていった。
「中嶋さーん、今、俺、癌で入院してるんすよ〜。何かあったら報告するんで、中嶋さんも頑張って生きましょう。真面目に俺、助かるんで…。」
「おう、まめでらが。お前、大変だったんだってな〜。同級生がら聞いだ。いろいろあるども今度呑むべ、そういえば、おめより早く死んだ奴いだ。まだ四十代なのにな〜。人ってわがらねな。」
「中嶋さんには、お知らせするか迷い、お知らせが遅くなりましたが、若林君は三年前に亡くなっております。最後まで中嶋さんのことを話してました。病気仲間の弟分として心配していました。」
「お客様のおかけになった番号は、現在使われておりません…。」
だいたい現代の死のお知らせの最後は、いつもこんな感じだ。携帯電話が繋がらなくなり、知り合いに連絡をして事の顛末を知る。病気や自死。いろいろあるが、まだこの世に生きているように、ある日消えて居なくなる。もちろん嫌われて音信不通になる人も含めて消えたように居なくなる。
「中嶋さーん。」
声が遠くなり、陰影は時を止めて、写真は携帯電話に収められている。時々、夢に出てくるようになり、どんな仕草だったか思い出す。幻聴通りに進んでいく人生になんの意味があるのだろう。時々、魔を刺そうかというか消えて居なくなりたいと考える気持ちを抑えながら生きている自分を、待っていてくれる人は居るのだろうか?そんなことを思いながらキラキラした幻覚が、また来ないか求めながら生きているのは不謹慎かも知れないが、幻覚は美しい。そして辛い。更に入院生活は苦しい。この繰り返しを人生で三回体験している。
それにしても幻覚とはなんだろう。その昔から百人に一人なると言われている精神分裂病。その世界観が様々なのを知ることになったのは、2000年代、インターネットが普及して2ちゃんねるの闘病掲示版で知ることができた。皇室と関わりあると書く人や、集団ストーカーにあっていると書く人や、宇宙との繋がりを書く人や、自動車のナンバーが気になる人や、掲示版には様々な被害や苦しみにあっている人の言葉が書かれてた。普通の人には、到底理解できない現象。幻聴。幻覚。精神世界。が、パソコンの前に広がっていた。俺自身は、どれに当てはまるのだろうと本も読み漁った。しかし、本当の答えは何処にも見当たらなかった。ただ一つ言えるならその人に取っては、現実に聞こえるし見えていることだけは確かだ。そして、近年、病気に良く効くお薬も出来ており、ちゃんと服用していれば、ある程度社会生活もおくれる人も居ることも分かった。そして、誰もが好き好んでこの病気になってのでは無いことも確かだった。
中嶋ラモーンズ・幻覚7 安保 拓 @taku1998
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