捜査開始 怪異理論開示
情報整理 おみとしさま
「外に出よう。田原さんの様子が気になる」
「田原さんですか? でも、ついさっき中島さんと遺体を運んでいきましたよ。別に何もおかしくは——」
しかし玄関を出ると、逢は駆けだした。
「ぎいいいいいあああたすけぇいたいいやああ」
中島と大野が、絶叫しながらのたうち回る田原を、どうにか取り押さえようとしていた。
駆け寄って顔を覗き込むと、田原は焦点の合わない目から涙をボロボロ流しながら絶叫していた。口の端からは涎がだらだらと流れ、頬の内側や唇を噛んだのか、血が混ざっている。痛むのか絶叫には呻き声が混ざり、彼が必死に訴える言葉は聞き取りづらい。
(しまった……恐怖心だ。怪異の穢れが恐怖と結び付いてしまったんだ)
呆然とする逢の後ろから伸びた手が、田原に触れた。その途端、田原の体から黒い靄が噴き出して、蒸発するように消え去った。
叫び声が止み、田原は思い出したかのように肩で息をした。
「田原……田原! しっかりしろ!」
「中島さん? あれ、俺は……何を?」
「穢れは、死や病を招く不浄な気です。悪しき怪異によって媒介され、時に触れた者の正気を奪います。しかし——」
四辻は田原の肩から手を離すと、先程穢れを消滅させたばかりの指を、名残惜しそうに眺めた。
「この通り、今は跡形も無く消え去りました」
「あ……ああ、助かった。ありがとう。疑って悪かったよ」
四辻に手を合わせる中島の横で、何が起ったのか分からない様子の田原は頭を掻いていた。
「さっきまで凄く頭が痛かったのに、今はスッキリした気分です。助けてくださって、ありがとうございました」
「そうですか。僕は——うっかり水に綿菓子を落としてしまったような気分——ですけどね」
「……綿あめ?」
誤魔化すように、逢は咳払いし、話を事象へと戻した。
「四辻さん。家の中に穢れを持ち込んだ怪異の正体は何でしょうね?」
「それは——」
「おみとしさまだ……」
中島がポツリと呟いた。
「子供の頃、爺さんからよく聞かされた。『みとし村を守る神様は、村の外から来るものを嫌う』と。だからこの村には、よそ者を嫌う年寄りが多い。よそ者が神の怒りを買い、神の使いが災いをもたらすと信じているからだ」
「さっき、中島さんが言っていた『何か』は、『神の使い』のことだったんですね」
逢は腑に落ちた顔をしたが、大野は中島に詰め寄った。
「中島さん! あなたまでそんな迷信を信じるんですか!?」
「俺だって、信じちゃいなかった……。でも遺体は、お前の家を中心に降り続けているじゃないか……」
事象が起きた後、大野が家族を逃がしたのは、おみとしさまの祟りを信じた村人達が、家に石を投げ込んだからだった。その他にも、いたずら電話や怪文書などの嫌がらせを受けた大野は、身の危険を感じて引っ越しを決意し、現在その準備を進めている最中だった。
今まで口に出さなかっただけで、中島も田原も、祟りを信じ切っていたらしい。
逢も祟りは疑っていたものの、ここで大野を責めるのは何かが間違っているような気がした。しかし、どうにか庇おうと決めたものの、何も言葉が出てこない。
「祟りじゃありませんよ」
全員の視線が四辻に向いた。
疑心暗鬼にかられている中島と、悔しさと怖れを滲ませた顔の大野を見つめると、四辻は二人を安心させるように、ふわりと笑った。
「祟りじゃありません。事象の原因は、他にあります」
「四辻さん、いつの間にそんな捜査を?」
「そういえば、情報共有がまだだったね」
驚く逢に、四辻はタブレットを差し出した。
「これは僕じゃなくて、照魔機関の調査官達の功績だよ。この村の神の特徴も、祟りとは何かも、データベースに記録されていた」
——————
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【みとし村事象についての報告】
(1939.6.2)
みとし村の神:おみとしさま
分類:霊魂塊。
特徴:縄張り意識が強い。村人を見ている。
能力:自分の姿を見た者の精神に干渉する。
祟り:縄張りに入り込んだ怪異、憑き物の類や呪物を持ち込んだ生き物の精神に働きかけ、縄張りから追い出す。
——————
「あれ? 随分あっさり」
「見ても問題ないようにフィルターをかけたら、これしか残らなかったんだ」
(やっぱり、原文はもっと酷いんだ……。祟りに関わって、人間が無事に済むわけないもの……)
逢の予想通り、原文を読んでいた四辻は、その凄惨な内容に顔を顰めていた。
「でも、今はこれだけ分かれば十分だよ」
四辻は他の三人にもおみとしさまの情報を共有すると、咳払いをした。
「怪異とは、人間が妖怪や幽霊と呼び恐れ、時には神として崇めている異次元の生命体のことです。主に生き物の気を餌にしているため、心の在り方によっては取り憑かれる危険があります。
異次元の……とはいえ、生き物なので、当然その個体に備わった習性や能力があります。
照魔機関は、そういった怪異の習性や能力を調査することで、怪異を退ける方法を見つけ出してきました。そして、この方法を応用する事で、事象を捜査し、真相を究明する力を蓄えていったのです。
そのため、機関の捜査官は退魔師と呼ばれることもあります」
四辻は一度言葉を区切り、画面の『祟り』を指して強調した。
「この村の神、おみとしさまの祟りは、縄張りを荒らす者の精神に干渉するという威嚇行動です。おみとしさまには、威嚇の為に遺体を降らせる習性はない。つまり、天井下がり事象を起こしたのは、おみとしさまではありません」
「あの」
難しい顔をした田原が声を上げた。
「祟りじゃないなら、何なんですか。村の外から来た化物の仕業とか?」
「それこそありえません。おみとしさまは、非常に縄張り意識が強く、外から入って来る怪異は、相手が何であろうと見つけ出して攻撃します。これが転じて『おみとしさまが村の外から来るものを嫌う』と、言い伝えられたのでしょう。
結果的に、おみとしさまは道祖神と同じように、村に災いが入るのを避ける働きをしているようです。目がある場所も、道祖神がいる場所と似ています。村の境や辻に、おみとしさまの石が置かれていました」
逢が「あっ」と声を上げた。
「そういえば、村の入り口の三叉に、自然石が祀られていました。道祖神じゃなかったんですね……」
「うん。あれは、おみとしさまの縄張りを示すものだった。あの石がある場所に、おみとしさまの目がある。だからここは、
「なるほど……」
呟く田原は、納得したような、そうでもないような、何とも言えない顔をしていた。
「神様が外から来る悪者を警戒して、村の境を警戒するのは分かりました。でも辻って、道が交差している場所ですよね。何で神様はそこにも目を向けているんですか?」
「辻は、現世とあの世との境界と言われてまして……化物が棲みつきやすいんです」
四辻が笑うと、田原と大野は口をポカンと開けて四辻に見惚れた。さらには中島までも、「そ、そうか、祟りじゃないのか」とバツが悪そうに頭を掻いた。
男三人の様子を見て、逢はやれやれと溜息を吐いた。
「出たよ。四辻さんの必殺技が」
中性的な顔立ちに、琥珀色の目。緑がかって見える灰色の髪。どこか現実離れした、四辻の妖しく美しい外見は、男女問わず魅了する。
そしてこの男は、自分の外見の価値を理解し、堂々と武器にする。
ただし、使いこなせているかどうかは微妙だった……。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕は捜査官の、カンナヨツジです。神のいない四辻と書いて——
見惚れていた全員の表情が固まった。
「……あれ?」
不思議そうに首を傾げる四辻は気付いていない。たった今、自分がとんでもなく不吉な自己紹介をしたことに。
逢は頭痛を感じて、こめかみを押さえた。
「四辻さん……そんなんだから【仮称・辻神】って呼ばれるんですよ……」
辻神——辻に現れて災いを招く怪異の総称。
仮称・辻神——神無四辻のあだ名。
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