夢の記憶

高校生

夢の記憶

一度だけ人を殺す夢を見たことがある。

誰を殺したのか分からないがどうしようもなく恨み、妬んで殺意が湧き殺したのは覚えている。

その夢はとてもリアルだった。包丁で刺したあとに水とは違う少し生暖かい血が手に伝わる感覚。殺したやつが僕を見た時の睨みつけた怖い顔。全部鮮明に、まるでどこかでその感覚を経験していたかのように感じた。勿論本当に人を殺したことは無い。だがあの妙なほどにリアルな記憶は時間が経った今でも忘れられなかった。

まぁでもただの夢に過ぎない、とあの日まで僕は楽観的に事を捉えていた。

それは突然やってきた。


僕は大学の友達と電話をしながら夜道を帰っていた。

すると突然後ろから何かがぶつかってくる感覚があった。

後ろを振り向こうとするが体が思うように動かなかない。急に背中がとてつもなく熱くなった。

頑張って後ろに振り返る。そこにはフードを深く被った男がいた。そいつの手には血がべっとりと付いていた。そこで僕は気がついた。あぁ刺されたんだな。と

なんで刺されたんだろうか、そういえば最近僕によく似た殺人鬼が居たな。もしかしたらそいつと間違われて殺されんじゃないか?もしそうなら本当つくづく運がないな。

僕は道に倒れ込んだ。意識が遠のくにつれてなんだかもう全てがどうでもよくなってきた。

僕の人生は簡単にまとめたらこんな感じだ。

僕には家族はいない。自分でお金を稼げるようになるまではずっと施設で育った。

幼小中学校では決まったメンバーで毎日ワイワイ遊んでバカみたいなことをした。僕が中学2年生の頃そのメンバーの1人である霞に告白して付き合った。

それぞれが違う高校に進学するとしだいに高校の友達と遊ぶことの方が増えていってメンバー達とはあまり遊ばなくなった。霞だけは連絡を取りあったり、遊びに行ったりしたがそれもそこまで多くはなかった。

大学にまで進学すると霞としか連絡を取らなくなった。霞とだけは連絡を取りあったり遊んだりしたが僕たちの仲は多分誰が見ても険悪だと言うと思う。

僕は勿論だが霞が好きだ。だけど霞は多分僕のことが好きじゃない。昔のよしみで付き合ってあげてるだけって感じで遊んでいても楽しそうにするのはいつも僕だけ。霞はいつも真顔で無愛想な返事をするだけだった。何度も言うが僕はそんな無愛想な霞だろうと好きだ。でも霞が僕を好きじゃないという事実は少し堪えた。

そして今得体の知れない誰かに殺された。

僕は結局誰にも愛されないまま人生が終わった。

なんともまぁクソみたいな人生だな。と我ながらにして思う。

死ぬ時は走馬灯が流れるらしい。僕は昔から走馬灯は嘘だと思っていた。だって僕にはそんな思い出深いものはないから流れるものがない。

だが驚くことに本当に走馬灯が流れ出した。

遠のく意識の中で少し笑いが込み上げてきた。だって走馬灯の内容が全部霞のことだったんだから。

もっと他になかったのかよ。俺が死んだら霞はどう思うだろうな。悲しんで欲しいなぁ。

死ぬ間際まで霞のことを考えた。

そして僕は死んだ。


ピリリ、ピリリと耳障りなアラームの音で目が覚める。

「早く起きて!」

聞き覚えのある声の主が僕が被っていた布団を放り投げた。

驚いた。僕は死んだのになぜかいつも寝てる布団の上にいた。それよりも僕を驚かせた原因は目の前にいるこいつだ。

「…霞?」

「そうよ?何言ってるの。」

「は?なんで居る」

「なんでって、私たち付き合ってるわよね?」

頭が破裂しそうになった。意味がわからない。どうなってるんだ。

「寝ぼけてるなら早く顔洗ってきて」

霞はそう言い放って僕の寝室から出ていった。

顔は僕の知ってる霞だ。それは間違いない。でもいつもと雰囲気が違った。明るすぎる。まるで小中学校一緒にいた頃の霞みたいだ。

僕は何がどうなっているのか頭を回して考えた。

色んなことを考えてたどり着いた結論は「どうでもいい」だった。

また霞と話せる。それはとんでもなく嬉しいことだ。だから僕はこの現状に身を委ねることにした。


「1月21日は何の日でしょう?」

「霞の誕生日。」

「せいかーい!じゃあプレゼント!!!」


「4月4日は何の日でしょう?」

「なんかあったか?」

「蒼くんの誕生日でしょ〜!!」

「あぁ、そうだったな」

「もう、じゃあこれプレゼント」


記念日にはプレゼントとか渡し合ったり、霞が作った朝食を食べて大学に行って帰ってきたら霞と遊んで、毎日が霞との思い出でいっぱいになった。

そんな生活を半年ほど続けた頃、僕らの日々に亀裂が入った。

僕が大学から帰ると霞がいなかった。それぐらいのことはよくあったけど今回は訳が違う。僕が帰ってきた時間は0時。いつもなら連絡がある時間帯だ。何かがおかしいと思った僕は霞が帰ってくるまで待つことにした。

そして2時を少し回った頃に霞は帰ってきた。その様子を見た僕は唖然とした。

着ている服がボロボロで、瞳には涙が溢れていた。

「大丈夫か!?」僕は大声で叫び霞に近寄る。

霞は家に帰ってきて安心したのか嗚咽をしながら泣き出した。

霞をソファに座らせて気が済むまで泣かせた。そして事情を話してもらった。

聞いた話によるとこんなことがあったらしい。

霞が大学の友達と遊んだ時にナンパされ男2人がその輪に入ってきた。霞は必死に断ったが友達が入れてしまったらしい。一通り遊んだ後飲みに行く事になりさすがに危ないと感じた霞が断ったが断りきれずにそのまま飲みに行った。そこで男2人が友達に媚薬を飲ませた。霞はそれに対して怒り必死に止めようとした。そうしたら男達は激高して霞を押し倒して強姦したそうだ。

話し終えた霞は「ごめん…」とただひたすらにずっと謝っていた。

「謝る必要ない」

僕はそう言って霞とキスをした。これが僕にとってのファーストキスだ。僕達はまだ1度も性交渉をした事がなかった。それは僕が霞を大切にしたいからと思ったからだ。霞もそれを分かって1度口出ししてからは二度と文句を呈することはなかった。

僕は霞に強姦した男達の記憶を上書きをするかのように優しくその場で霞と性交渉を始めた。

霞は最初、酷く震えていた。きっとまだ記憶が鮮明に残っているのだろう。

「大丈夫」

僕は霞の耳元でそう囁いた。霞は何か言うわけでもなく僕の頭を口に近づけキスをした。

そこから1時間後、霞はベッドで横になった。

僕は男達を殺そうと思った。殺人鬼のレッテルを貼られようがそんなことはどうでもいい。殺しを正当化する気なんてさらさらない。ただ霞を強姦したカス共を殺さなくてはいけないと思った。

そして僕は人生で初めて人殺しを経験した。幸いなことに防犯カメラに僕の顔は写ってなかったらしく僕が犯人とバレることはほぼ0に等しかった。

霞はそれから鬱病にかかった。何を話しかけても真顔で無愛想に笑うだけになってしまった。

そこから数ヶ月が経っても霞は元気を取り戻すことはなかった。

僕は霞を少しでも元気づけようと大好きなプリンをコンビニに買いに向かった。

買いに行く道中で気がついた。この道、俺が昔殺されたところだ。ゆっくりと後ろを向く。

ドンッ…と鈍い音が後ろで鳴った。

僕はこの目でしっかりと犯人の顔を捉えた。

「やっ…ぱりか」

僕は聞こえないぐらいのか細い声で呟いた。

ここで全てが繋がった。あの夢の正体。僕が生きている理由。

この前僕を殺した犯人は僕だ。

この世界は幾つもの世界が繋がって出来ている。

つまり、前の世界線の僕を殺したのは違う世界線の僕という事だ。今の世界線でもない別の世界線の僕が僕を殺した。

それに気がついた時僕は驚きという感情よりも先に喜びという感情が出た。

前の世界で僕は霞に好かれていないと思っていた。でもそうじゃなかった。霞はきっと男に強姦されたんだ。だから鬱病になって全然笑わなくなった。

それに前の世界線の僕が殺されたなら、僕を殺した僕はきっと前の世界線の僕に対して嫉妬の意思があったのだろう。僕は霞との仲は誰がどう見ても険悪だと思っていた。だけどそうじゃなかった。

少なくとも別世界の僕は前の世界線の僕の事が羨ましくて仕方がなかったし、霞は鬱病を発症していただけでまだ僕のことが好きだった。その事実が今の僕にとってはとても嬉しかった。

僕は地面に倒れた。この世界線の僕は嫉妬で別の世界線の僕を殺してないからもうここで死んだら全てが終わるだろう。でもやはり僕はたまらなく嬉しかった。これで愛を知って死ねる。

走馬灯が流れた。

少しだけ口角を上げてこっそりと笑う霞の姿が目に映る。少し笑みがこぼれた。


「なんで向こうの世界の霞が映るんだよ。」


僕はそのまま目を閉じた。

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