宵螢

ラクテ

第1話

「夏は過ぎ去ってから


あれが夏だった、と気づくものだ」




と、つぶやいたきみにぼくは言う




夏は暑いよ、あんな暑さの中で


夏がきてることに、気づかないわけないよ。



ぬるい風がぼくらの間をすり抜ける



「過ぎ去ってからじゃないと、


失くなってからじゃないと


気づけないなんて 悲しいものね」



静かに放たれた言葉に



ぼくは少し笑いながら返した



ほんとうに気づけないなら、残酷だね。









息を吸う、



青臭い、夏の匂いに息を吐く



止むことの無い蝉の声



暑さと煩わしさでどうにかなりそうだ




白いニゲラを添えて手を合わせる



こうするのは何回目だろう



今年の夏も暑かったね。



と、呟くぼくに



きみが言う



そりゃあ、夏だからね。



って、ぼくの真似をしながら言うんだ



その表情も声も、



ぼくの中には あの頃のきみがいる




またあの場所にでも行こうかな



星がよく見える場所、



きみに会える気がするから








夜を見上げてきみが言う



「ほら、みて」



その言葉につられて僕も見上げる



暗いから、よく見えるね。



「星って朝も夜もずっと浮かんでるんだって」



ああ、それは聞いたことがある。



「ずるいよね。そこにいるだけだよ。


夜が来れば光になる」



ずるいかな、


星だってきっと望んじゃいないよ。






「星って、寂しいのかもね」



寂しい、かな。



「朝とか昼とか 明るいときは、


星のことなんて考えないでしょう?」



…そうだね、考えない。



「だから、光ってるのかも」


「夜って、そのためにあるのかもしれないね」



どのため、だろう



「夜だから、気づけるんだよ、寂しさに。


気づいてほしいから、光るんだよ。」



でも、その寂しさが


本当の寂しさかは分からないよ。



「本当も嘘もないよ、夜だから」



夜のせいだから…?



「夜がそう思わせてるんだから」



「夜のせいなのよ、呑まれちゃうの」




夜のせい、か。




懐かしい会話を思い出しながら呟いた





あの時はよく分からなかった


きみの言葉


今ならすごく、わかるよ



過ぎ去ってから、失くなってから気づいたんだ



ぼくの夏には、きみがいたこと



ほんと残酷だよ



だって、その夏はもう来ないんだ



それが、ぼくの夏だったのに



寂しいから泣いてるわけじゃないさ



夜だから、だよ



夜にそう思わされていると思えば



少し楽になる気がした



あの時のきみも、そうだったんだろう



だから来たんだ



また、寂しい思いをしてると思ったから



会いに来たんだ、ここは星がよく見えるから




ぼくも星になれるかな。




夏の夜、



静けさに耳を澄ましながら そう呟いた



目から溢れたものが頬を伝う



浮かぶ星が霞んだ



きっと、ぼくはきみの言葉に囚われている




次の夏は気づけたらいいな、



呑まれるように、過ぎ去る前に

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宵螢 ラクテ @sieste_

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