第9話 地味豚公爵は大活躍していた・④

 ドミニク達はとても上手くやって、邪神を罠までおびき寄せてくれた。

うわああああ……!

邪神が歩いている地面がドロドロのグッチャグチャに毒と瘴気で腐っていく……!

土だけじゃない、周辺の空間も瘴気でただれてゆがんでいる。

魔族って凄いよ、あんなのと戦って生き残れたんだから。

『俺を拒んだ女神の全てを穢してやる』

……思考まで毒性があるとか勘弁してくれよ。

吐き気を堪えながら、俺は魔族のみんなに維持して貰っている檻と鍵、それぞれの魔法式に穴や突破口が無いかを何度も確かめた。

ドミニク達が何度も殺されかけるが、耐えて、耐えて、ギリギリまで時を見計らい――罠を発動させてやった。

『!!?』

邪神が一瞬だけ驚いた顔をしたが、もう手遅れだった。

もう邪神は檻の中にいて、俺がその唯一の鍵を閉めたのだから。

『出せええええええええええええええええ!!!』

それが邪神の気持ち悪い声を聞いた最後だった。


 …………。

魔力を根こそぎ使い果たした魔族の人達は次々と地面に座り込み、青い顔をして弱々しく息をしている。

俺に至っては横倒しになって息をするだけで必死だった。

俺達の目の前には邪神を封印した鍵が物質化されて転がっていたが、誰も拾うために手を伸ばすことも出来ない。

「ドミニク!みんな!」

白い羽根を生やした魔族の女が飛んできた。生傷だらけで痩せこけて服もボロボロだったが、どことなく神聖な雰囲気をまとっている。

彼女は世界樹の前で地面に跪いて祈りの姿勢を取った。

「世界樹様、私の声は届きますでしょうか……!」

世界樹が光に包まれた。残っていた枝から我先に青い芽が生えて若葉へ変わっていく。

その若葉から光の欠片が雨のように振ってきた。

この光の雨は何だろう……?と俺が考える前に、光の雨に打たれた者から立ち上がる力を取り戻していく。

俺も一瞬で枯渇していた魔力が戻ってきた。

『まず礼を言う。我を苛んでいた害毒の大元が消えたため、我は時をかければ往事の力を取り戻すであろう』

あっえっ、これって世界樹が喋っている……のか!?

俺は起き上がって、巫女であろう彼女を中心にして世界樹のために土下座している魔族達に倣い、座って頭を下げていた。

土下座は無理だけれど、誰かの信じるものへの敬意を表すために。

『そうだ、人間の勇敢な男よ。その鍵を我のところへ持参して欲しい』

「え、ええ」

俺は鍵を拾って世界樹に近づいた。

よそ者が近づくなんてと魔族の皆さんが殺気立つが、俺だって好きで近寄っている訳じゃない。

『我の洞の中へ鍵を置くのだ』

言われた通りに手を突っ込み、鍵を置いて世界樹様とはさっさと距離を取る。

周囲からの視線が怖いんだ……。

『これは我が守ろう。二度とあれが出てこられぬように』



 ……ようやく一安心だな。

俺は魔族の誰もがひれ伏して黙っている中、胸を静かになで下ろしていた。

魔族がオールー公爵領を襲撃する必要は今や完全になくなった。世界樹を守りながら穏やかに生きていけるはずだ。出来れば今までの襲撃の損害賠償までして欲しいところだけれど、相手も被害を受けていたから無理だろう。この100年の間の所為で人間は魔族を『邪神を崇める邪教の徒』だと思い込んでいるし、魔族だって人間とは関わりたくないだろう。

いや、この辺をあまり深刻に考える必要はないか。

俺はオールー公爵領のみんなには『もう明日から魔族の襲撃はない!』と触れ回って良いんだ。それだけで今年最高の朗報になる。



 『人間の勇敢な男よ。感謝する』

え?世界樹様に俺がまた呼ばれた?

『何でもとは言えぬが、草木の王たる我が貴様の願いを一つ叶えようぞ』

「それは……草木に関して俺の願いが一つ叶うってことでしょうか?」

思わぬご褒美を貰えるのか!?

俺は何もしていない、ただやり方を提案して鍵をかけた、それだけなんだけど……きっとさらわれてきた分の出張料みたいなものだろう、と思い直した。

『汝は豊作を望むか』

「豊作は要りません。その代わりにほんの少しだけ作物の成長速度を早めてはいただけないでしょうか」

『……何故に豊作を望まぬのだ?』

理由が……ある。

「オールー公爵領には5月中頃から雨季があります。雨季は毎年のようにテテ河が大洪水を起こして、畑も畑に植わったばかりの作物も押し流してしまっています」

だから春に植えた作物がほど良く芽吹いてきたその頃に、台無しにされてきたのだ。

かといって何も植えないことは出来なかった。運良く生き残った作物で毎年、命を繋いできたのだから。

「もしも『雨季が終わった直後に』植えた作物が秋の収穫に間に合うようになったら、俺も領民全員も大喜びするんです」


 実はテテ河が大洪水を起こした後は、とても土壌が豊かになることがわかっている。大河の洪水の後と言っても石ころが転がったり砂利が広がっている訳じゃない。確かにテテ河の上流は山岳地帯だが、その更に上流にあるノーディーン高地がとても豊かな土壌の所らしいのだ。

雨季の後は晴れの日がずっと続く。作物への水やりが心配ならテテ河の上流からいくらでも水路を引ける。今も進めている品種改良だってもっとやりやすくなるし、俺の父親みたいに雨季の土砂降りの日に、用水路から水が溢れて畑や人家を襲っていないかが不安で出歩いて、水路に落ちた……そんな犠牲者もいなくなる。

『それだけで良いのか』

「えっあっ、これ、凄まじく厚かましいお願いだと思っていたんですけれど」

魔族の人達の視線が震えるくらいに怖い。そんな戯けた願いを言うなどと……分かっているな?と暗に俺を脅している。

『……聞き届けよう』


 そうして俺はとっても良いご褒美を貰って、またドミニクに運ばれてグレイグやクード達が死にそうな顔をしていた別邸に戻ったのだった。



 ……何度も言うけれど俺が一番驚いたんだってば。

別れた次の日の早朝、鶏が鳴いた瞬間にドミニクが窓を蹴破って別邸に登場して、大声で、

「おいニンゲン!テメエは俺様と義兄弟になれ!」

俺が襲われたと思ったグレイグ達が駆けつけてドミニクに斬りかかる、俺は驚いてベッドから落ちたはずみに背中を強打して脂汗を流して呻いている、ドミニクはグレイグ達が邪魔だから『邪魔だ!退け!』と怒鳴ることしかできない。


今思い出しても修羅場だった……。

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