第十九話

 試験を終えて、生徒一同は体育館に集合する。

 当代、竹詠かぐ沙からのねぎらいの言葉のあとで、谷内先生が口を開く。

「いろいろな学びがあったと思う。言いたいことも少なくないだろう。しかし申し訳ないが、これから諸君らの行動に一つ制限をつけさせてもらうよ。心配するな、入学案内にも書いてあった、きみらには経験済みのことだ。つまり──今この瞬間から明日ここに到着してこちらが許可をするまで、一切の発声を禁じる。なお合格者は明日の朝、体育館前の掲示板に発表しておくので各自確認するように、以上。解散」

 生徒たちは一礼して、それぞれの帰路に着く。

《体の調子はどう?》

 近づいて真っ先に訊いてきた愛与に対して、なんともないけど? と声は出さずに口だけ動かして答える恋守。

 実際、なんともなさそうだった。

 では、朝のあの様子はなんだったのかと、愛与には謎だった。


《この間のピザが食べたい》

 という愛与からのリクエストに応えて、恋守は腕によりをかけて特製のオニオンピザをこしらえた。

少しは進歩したかなと淡い期待をした愛与であったが、目の前に運ばれてきたのは、進歩も退化もしていない、相変わらず鬼の膝めいた物体だった。

 もしかしたら、この料理はこれで完成されているのかもしれない。

 実際、味は悪くない。

 とにかく今日は、がつがつ食べたい気分なのだ。

 たくさん食べて、いやなことを忘れたい。

 もう少しだけ風味がほしいなと感じた愛与は、腕を小刻みに動かして、なにかをふりかけるジェスチャーをする。

 ブラックペッパーはあるのかと訊ねられているのだと気づき、恋守はそれを渡した。

 粉チーズか何かと勘違いしているのか、雪をつもらせるように、それをふりかける愛与。

 それを口に運ぶ愛与。

 からい。かけすぎてしまった。

 だから、涙がこぼれてしまう。

 そうだ、これはブラックペッパーのせいだ。

 他に理由なんてない。

 泣く理由なんて、他になにもないのだから。

 がつがつ食べながら、ぼろぼろ泣いた。

 負けじと恋守もばさばさふりかけて、がつがつ食べた。

 だけど、恋守は泣かなかった。

 からさには、慣れていたから。


 深夜。

【終わった……】

 暗い部屋で、サメ型のカセットプレーヤー、フカヒレが終焉しゅうえんを告げる。

【もうおしまいだ】

【みんな死ぬんだ】

【さようなら地球】

 帰宅中にどこかで睡魔を落としてしまったのか、まったく眠ることができずに、ベッドから出て、床に座り、部屋の壁に背中をあずけて、愛与はフカヒレに絶望を語らせる。

 もし来年、ノストラダムスの予言が的中して本当に人類が滅亡しそうになったら、そのとき使おうと思っていた言葉たちを一足先に試している。

【どうしてこんなことに】

【もっとやっておけばよかった】

【あんなことこんなこと】

 二段ベッドの梯子はしごきしみ、恋守が降りてきて、愛与の隣に腰を下ろした。

 恋守は愛与からフカヒレを奪うと、床に転がっていた、いくつかのカセットテープの中から一つを選んでセットして、再生ボタンを押す。

【鍋焼きうどん】

 愛与は恋守からフカヒレを取り戻し、テープを入れて再生ボタンを押す。

【なにそれ?】

 再び、恋守の手が愛与からフカヒレをさらう。

【コンソメスープ】

 愛与はフカヒレを取り戻す。

【何が言いたいんだよ?】

【まきずし】

【ねえ、使えないなら無理して使わなくていいんだよ?】

【いなりずし】

【ねえ、聞いてる?】

【シーザーサラダ】

【ねえ……】

【ナポリタン】

【ねえ、ってば!】

【ソフトクリーム】

【ねえ……】

【海老フライ】

【ねえ……私たち……どうなるんだろうね?】

【まきずし】


 朝。

 いつの間にか眠りにおちていたようで、自分に毛布がかけられていた。

 恋守の姿はなく、先に学校に行っておいてとメモがあった。

 体中に鎖をまきつけられているみたいに、手足を動かすのがしんどい。

 とはいえ結果を見ないわけにもいかない。

 前向きな気持ちで人生は変わるというけれど、それが事実なら、この世に後ろ向きな人など存在しないだろう。

 問題を先送りするようにゆっくりと制服に着替えて、とぼとぼと学校に向かう。

 寮から学校まで徒歩数分の距離というのは誰もがうらやむ特権なはずなのに、今だけはそれがうらめしく思えてしかたない。

 結果発表の掲示板がまだ出ていなければいいのにと思ったものの、遠くからでもそれだとわかるものが体育館の入り口に設置されていた。

 どんな心構えで見たとしても結果が変化するわけもでもない。掲示板の前に立ち、諦めてそれと向きあう。

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