第1話 鉄腕の子犬(1)

「お前みたいなガキが、こんな場所に何の用だ?」

 ブリーフィングルームに入ってきたクウの姿を見て、近くに座るスキンヘッドの大男が眉を顰めた。

 彼の疑念は尤もだ。

 ここはポイント<24>。かつて富士と呼ばれたこの地は外惑星連合、通称アウターが地球に持つ軍事拠点の一つであり、極東方面地区の要とも言われている場所である。

 更に今、この部屋にはアウターが召集した傭兵達が「重要作戦」とやらの概要を聞くために集められている真っ最中で、室内に揃っている面々は数多の修羅場を潜り抜けてきたであろう風格を漂わせる猛者ばかり。

 そんな中、どう見ても10代前半の少女にしか見えないクウは確かに異色の存在だった。

「誰かが飼ってる娼婦か何かか? これから戦争しようって時にお盛んなことで……」

 そう言いながら席を立ち、クウに近づくその男。彼がそんな勘違いをするのも無理はない。

 西洋人形のように整った目鼻立ちに、ぱっちり開いた青の瞳。蜂蜜色のセミロングヘアは赤いカチューシャでオールバックにされており、なぜかカチューシャには犬耳のような装飾が付いている。

 そんな彼女の痩せぎすな身体を包むのは、体のラインがくっきり見える黒い全身タイツのような服装で、そんな彼女の格好は、見方によっては確かに少女趣味向けのコンパニオンに見えなくもなかった。

「おい、黙ってないでなんとか言ったら……」

 そう続けながらクウの肩を掴もうとする大男。

 彼にもう少し観察眼があったのならば、彼女の犬耳に見えるガジェットが、ギア・ボディ操縦者用の脳波感知デバイスであることや、彼女の服が高い対G性能を持つ最新式のパイロットスーツであることに気づけただろう。

 もしくは、彼にもう少し情報収集能力があったのならば、彼女がこの界隈では狂犬と呼ばれる傭兵であり、彼女を小娘扱いした人間がどんな末路を送るのかを知ることができたに違いない。

 しかし、不運なことに、男はそのどちらも持ち合わせていなかった。

 だから彼は、クウが次に取る行動を予想することができない。

「わるいね、おじさん」

 彼女は自分に向かって伸ばされた手をじっと見つめなら呟いた。

「わたしね。この外見を見下してくる奴がいたら、問答無用でぶちのめすことにしているの」

 そう言うなり、クウは隠し持っていたスタンロッドを男の顔面に叩きつける。

「がっ!?」

 突然の攻撃に反応できなかった男が怯んだ隙に、スタンロッドのスイッチを入れ電気の追撃をお見舞いするクウ。

 そんな彼女の早技に様子を見ていた他の傭兵たちが歓声をあげる。見ると中にはクウの顔馴染みも何人かおり、彼女の一連の行動を恒例イベントとして楽しんでいるようだった。

 そんな観客の期待に応えるようにクウはさらなる追撃を試みる。

 地面をもんどり打つ男に馬乗りになってスタンロッドを振りかぶり、全体重をかけて振り下ろそうとして、

「……?」

 まるで鉄骨を叩いたかのような重い感触に、少女は首を傾げる。

 見ると、振り下ろそうとした彼女のスタンロッドを、横から伸びてきた何者かの手が受け止めていた。

「なに、邪魔しな……」

 口調を荒げ妨害者を睨みつけようとしたクウは、思わず目を見張る。

 そこにいたのは、普通の人間ではなかったのだ。

「そこまでにしておけ」

 諭すように低い声で告げるその男には、顔がなかった。

 マネキン人形のような丸くて白い頭部には目も鼻も口もついておらず、本来なら眉間になるであろう部分に直径2センチくらいのガラス玉のようなものがはまっているのみ。ガラス玉の中にはセンサーのようなものが入っているのか、仄かに赤く発光している。

 首から下の肉体も剥き出しの金属骨格と人工繊維の筋肉で構成されており、服らしい服も着ていない。かろうじて人の形をしてはいるものの、明らかに人ではない機械の身体。

「な……」その異形にクウは一瞬言葉をなくす。「そ、外惑星のアンドロイドって奴?」

 そんな彼女の言葉に、機械の男は静かな声で返答した。

「いや、人間だよ。少なくとも脳と内臓の20%くらいは」

 喉に付けられたスピーカーより発せられたその言葉に、様子を見ていた取り巻きたちが俄にざわめきだす。

「あれが噂に聞くアウター製のフル義体って奴か」

「奴を知らないのか? 木星圏じゃそこそこ有名な傭兵だぞ」

「ノーフェイス……、渾名の通り本当に顔がないとは……」

 彼らが浮き足だつのも無理はなかった。

 地球圏に外惑星連合のサイバネティクス技術が流出してから早数十年。戦争で手足を失った兵隊が高性能義肢を装着し、サイボーグ兵士として活躍するのも珍しい話ではなくなっている。

 しかしそれでも、せいぜい機械化されるのは手足や眼球などの一部のみ。全身を丸ごと機械化するには超高額の最先端義肢と高度な医療技術、そして機械の肉体を許容できる強靭な神経系が必要とされており、この男のような全身サイボーグは非常に珍しい存在なのである。

「ほら、君も立てるか?」

 そんなレアケースは周囲の視線も気にせず、床に倒れたスキンヘッドの男を助け起こそうとする。しかし、大男は機械男の手を振り払って自分の足で立ち上がった。

「こ、このクソガキ……」

 まだ体に痺れが残っているのか、歯を食いしばりながらクウに詰め寄ろうとするその男。

 だが、その前に機械の男が立ち塞がる。

「あと5分もしないうちにブリーフィングが始まる。君も席に戻った方がいい」

「邪魔をっ……」

「二度は言わない」

 そう言って大男の顔に、のっぺら坊を近づける機械の男。まるで一つ目の化け物のように、顔面のガラス玉が不気味に煌めく。

 蛇に睨まれた蛙のように言葉をなくし、後退りする大男。その瞳からは既に、戦意の光が消えていた。

 周囲を囲んでいた観衆たちも、見せ物は終わりとそれぞれの席に戻り始める。

 そんな一連の光景の中、当事者の一人であるはずのクウはポカンとした顔で固まったままだった。視線の先にいるのは、先ほど自分を止めたサイボーグ。

 彼女はその姿を眺めながら、思わず呟く。

「か……、かっこいい……」

 その声はとても小さく、誰の耳にも入らなかった。

 高性能な収音センサーを備えている、当の機械男以外には。

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