とあるキャベツの成り上がり冒険譚〜1個のキャベツが世界を救う〜

盗電一剛

第1話:あ、死んだ

 俺の名は那須大河。何の変哲もない男。


 まあ、あるとすれば…



「おーい那須ー、そっちボール行ったぞ…まあ、意味ないだろうとは思ったが」

「どう転がったら野球ボールが飛んできたサッカーボールに当たるんだよ…いや、もう驚かんけど」



 もの凄いほどの幸運体質、ということだろうか。


 これがなかったら俺、多分死んでた。


 山登りしてるときに、崖から落ちた時は下にトランポリンがあって生き延びた。


 海水浴で溺れそうになった時はちょうど通りかかったクジラに乗って生き延びた。


 …崖から落ちたり、溺れそうになったりしてるけど、本当に幸運なのだろうか。


「…一応聞くけど、大丈夫?」

「大丈夫じゃなかった試しがないな」

「ですよねー…訊いて損した」

「じゃあ訊くなよ」


 隣を歩きながら苦笑を漏らすこの少女は小沢美奈。


 昔からの腐れ縁である。


「ねえ大河、この前のテストどうだった?」

「可もなく不可もなく、かな」

「…それしか言わないね、ほんと」

「だってマジでそうじゃん」

「確かにそうだけども!なんか他に言いようないわけ?」

「普通」

「むぅ〜!」


 俺が素っ気なく返事すると、美奈は顔を膨らまして怒ってますアピールをしてきた。


 こいつ普通に可愛いから、なんか似合ってんのよね。背が小さめってのも関係してんのか?


 まあ、別にどうでもいいけど。


 俺が無視してスタスタ歩き始めると、美奈は抗議するように声を上げた。


「ちょっと!女子がほっぺを膨らましたら、つつくのがお決まりでしょ!?」

「いや知らねえよそんな決まり」


 これまた素っ気なく返すと、美奈はさっきよりも頬を膨らませた。


 …これは突けと?


 しゃーねえな。


 つんつん。


「ふぇ?…なっ、ちょ、にゃあ!?」

「?」


 ん?なんだ、今の声は?


「な、なによ急に!」

「いや、こっちのセリフだが。というかお前がやれって言ったんじゃん」

「そ、それは…い、いきなり触るなよ!」

「いや、お前…」

「うるさい!バカ!」


 はあ?どっちだよ。ったく。


 やっぱ全然、可愛くねぇな。


「バカ!アホ!ボケ!死んじゃえ!」

「…お前、ほんと俺のこと嫌いだな‥」

「…!〜っ!」


 美奈は怒り心頭って感じで震え、涙目で顔を真っ赤にしながらこう叫んだ。


「大河なんか、大っ嫌い!!!!」


 そういうと、美奈は走っていってしまった。


 何だよ。意味わかんねえよ。何がしたいんだよ、あいつは。


 …帰るか。


 周囲の視線を感じながら、俺は帰路についた。



「っしゃぁ!SSRキタァ!」


 帰宅後。俺はベッドに寝転がってソシャゲに没頭していた。


 のだが。


「大河ー、ちょっとおつかい行ってきてくれない?」


 という母の一言によって、スーパーに駆り出された。


 そしてその帰り。


「やっべ、もうこんな時間かよ。急いで帰ろ」


 ゲーセンで時間を使いすぎてしまった俺は、少し早足で歩き始めた。


 周囲はすでに真っ暗だ。


「帰ったら何言われるかな…ん?あれは…」


 前から黒いコートを着た男の人が歩いてきている。フードを被り、うつむき加減で、靴も真っ黒。


「怪しさしかねぇ!」


 そう思わず突っ込んでしまう俺。


 呆れ気味でその人物を見て──気付いた。




 そのポケットから、銀色が覗いていることに。




「──ッ!?あれは、包丁!?」


 つまり、コイツは──


 俺は慌てて逆方向に向かって走り出した。


 それを見た黒コートも走り出した、のだが──


「いや速!ヤベェ、追い付かれる!」


 みるみる差は縮まっていき、いつの間にか包丁を伸ばせば当たりそうというところまで追い付かれていた。


 黒コートがポケットからそれを取り出し、俺が本気で叫べるように息を深く吸い込んだところで──奇跡が起きた。



 俺の真横を突風が突き抜ける。そして──


 ドンガラガッシャーン!


「…は?」


 思わず瞑ってしまった目を恐る恐る開けた俺は、自分が元気なことに気付いた。


 あれ?さっきの通り魔どこ行った?と思い後ろを向いて──固まった。




 そこには、壁にめり込む自動車があった。





 まさか、自動車と壁の間に──と思っていると、自動車の向こうから「いてて…」という声が聞こえてきた。良かった…。通り魔といえど死んでほしくはないし、そもそも俺、コイツに刺されたわけじゃないし。


 と、その時


「うわ、事故ってる…」


 という、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 美奈が、道路の向こう側に立っていた。


 俺に気付いたみたいで、こっちに駆け寄ってきた。



 ──あれ?何か…嫌な予感がする。


 何でだろう…心が、あいつが危ないと訴えてるような気がする。


 と気付いた時には、体は動き出していた。


 そして、俺が走り出すのとほぼ同時に──





 自動車が猛スピードでバックし始めた。




「大河?どうしたの?」


 いやコイツ気付いてねぇし!横見ろ横見ろ!


 自動車はもう既に美奈に迫っている。


 間に合え、間に合え──!


 その一心で、俺は道路に飛び出し、




 美奈を本気で突き飛ばした。




 それと、俺の体が吹っ飛ぶのは同時だった。


 その瞬間、俺はスローモーションの世界に入った。


 美奈が切羽詰まったような顔で駆け寄ってくる。車に向かって叫んでいる。泣きそうな顔で、車を叩いている。






 だけど、現実は残酷だった。





 俺は美奈に手を伸ばした。


 スローモーションなのも相まって、気付いてはもらえなかった。


 ごめんな、美奈。さっき冷たくしちまって。


 あと、ありがとう。好きでもない奴とつるんでくれて。


 もっとごめんを言いたかった。


 もっとありがとうを言いたかった。


 でも、俺は分かっていた。


 それは無理だと。そして…俺はもう、死ぬんだと。


 だったらせめて、最期くらい。




「お……れは…、おま…え……が…、す──」






  その音は、周囲に集まった人々のざわめきを切り裂いて、少女に襲いかかった。



  少女は、耳を塞いで拒否した。



  だが、聞いてしまった。聞いてしまったのだ。




  少年の命を奪う、死神の笑い声を。






 1人の少年の願いを叶えてくれるほど、現実は寛容ではなかった。


 1人の少女の想いを叶えてくれるほど、現実は寛大ではなかった。




 喧騒の中、少女は1人泣いていた。



 そんな少女の横を、嘲笑うかのように風が通り過ぎた。


 未だ現実逃避をする少女に、残酷な事実を突きつけて。

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