褒めごろし

おみそ

褒めごろし

「ハァ……ッ……畜生! 何なんだよ!」


足音は瞬く間に近付いてくる。


──嫌だ、イヤだ……死にたくない!──


その瞬間……鈍い音、視界は真っ暗になった。



「ふう……」


キーボードを叩く手を休めて珈琲を口にする。

目の前のパソコンには文字が並んでいた。


「“……こんな筈じゃ無かったのに”っと……」


そう、文字を打ち込み再び手を止めた。

俺は小宮 誠司(42)。職業、小説家。

自分で言うのもなんだが、売れっ子小説家だ。

書くもの全て映画やドラマ、アニメ化する程のヒット作ばかり。

嬉しいことだが……忙しくて死にそうだ。


「今回も手応え感じるな。犯人は予想外の人物だからな」


呟きながら、テレビの電源を入れる。

すると、ちょうどニュースがやっていた。


『続いてのニュースは東京都──で起きた殺人事件についてです』


「……あぁ。昨日の事件のか……犯人、捕まったんだな」


日本の警察は優秀だ。

犯人逮捕がとても早い。

しっかし、殺人事件ばっかだな。

そんなもん本やら箱の中だけで十分だっての。

……動機だって、くだらねぇもんばっか。


『“羨ましくて殺した”とのことで、警察は詳しく──』


「ほんっと、くだらねぇ」


呟きながら画面を見ると、犯人の卒業アルバムの写真が掲載されていた。


ん? これって……

俺の出身中学じゃないか。

ちょうど1週間後に同窓会が控えていた。

何でも、三年の時の担任が退職するとかで実家経由ではがきが届いた。

“欠席”で出した、はがきだった。

しかし、同中の奴の犯行と分かって胸がザワつきまくる。


「──他人が……羨ましい……か」


目を瞑ると、脳内に過去に言われた言葉が流れ込んでくる。

“凄いねえ” “上手” “カッコいい” “素敵ね”

全て、褒め言葉だ。

そう、俺は昔から……小さい頃から褒められて育ち、生きてきた。

それが世に言う“御世辞”だったのかもしれないけれど、そんなもん知るか。

……そんな感じに今でも褒め言葉は有り難く受け取っている。


「あいつら、元気かな……」


俺は、はがきを手に取った。



──1週間後。

俺は同窓会の会場にいた。

会場といっても、貸し切りのこじんまりとした居酒屋だ。

「久しぶり」だとか、「元気だった?」だとか。

ありきたりな挨拶が交わされる中、俺は一人の人物に狙いを定めた。



「よお、谷田」


谷田 小次郎。

見た目はそこらにいるサラリーマン。

話してみたら、見た目どおりのサラリーマンだった。

しばしの雑談、その後……俺は彼の耳元で一言、呟いた。

すると──


「ふぐぅ……っ!」


谷田は胸を押さえ、倒れた。

たちまち混乱騒ぎ。


「心臓発作か?!」

「分からない、突然……倒れて……」

「今、谷田……誰と話して──」


皆の視線が俺に集まる。


「小宮?……お前が……やったのか?」

「そうだ」


俺は不適に笑って見せる。


「だ、誰か! 救急車! それから、警察──」

「おい!」


俺は騒ぎ立てた奴の耳元で囁く。

すると、そいつも胸を押さえ倒れた。


「いや……! 助け──」


俺はその場にいた奴らの耳元でそっと囁く。

囁いて囁いて、呟いて呟いて……


「……呆気ないな」


俺がそう言った時にはその場にいた全員が胸を押さえ倒れていた。


「……会計」


会計を終えると、俺は店を後にした。

暫くして、店員の叫び声が聞こえてきた。

──無理もない、か。



「ちょ、お客様! しっかり──」

「俺……頑張ってて良かったよ……本当に小さい成果だけど、気付いてくれてた」

「私も……綺麗になったって……」

「僕もまた、頑張ろうって……」


店員は次々と起き上がる人達を前に動揺を隠せない──


「小宮に殺られちまったよ」

「俺も」

「私も」


“褒め殺されちゃったよ”──




END.




「……あん時のお礼だ」


そう、今の俺があるのはお前らのお陰だからな。

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