一日の始まりと世界の終わりを一杯の珈琲と共に

大藤佐紀

第1話 私とボス

 ランチタイムを少し過ぎた頃、カフェ『Rコール』は今日も閑散としていました。従業員の一人としては看過できない由々しき事態です。

「ボス、私宣伝大使にでもなるべきでしょうか」

 ボスはカウンターに寄りかかって欠伸をしています。猫のように寛ぐ彼からは店を繁盛させるという気概を感じられません。

「うーん、なんでこうも人はやってこないのかねぇ」

 呑気にそう言うのです。人は皆静かで落ち着くカフェを求めているのではないのかと悪態をついています。

「静かすぎるというか地味というか…立地が悪いんじゃないんです?」

 ボスは金があれば手を打つのだが…と昨日も聞いたような台詞を並べて、今度は大きな伸びをしました。

「俺の地元にも良い雰囲気のカフェあってね、ド田舎で店内もここよりも狭かったくせにここより繁盛してやがったよ。何が違うんだかねぇ」 

 彼は先週も同じような話をしていました。指摘をするのも面倒なので適当な相づちをしました。

 暇を持て余しすぎると減給されかねないので私は内装を彩る観葉植物に水をやることにしました。今のところは植物諸賢の方が私よりよっぽど店の為になるようなことをしているような気さえします。

「金さえあれば、金さえあれば」

 ボスはリズムに合わせてそんな事を呟いています。私が減給されるのも時間の問題かも知れません。くわばらくわばら。

「店が大きくなくても、常連が両手で数えられるくらいしか来なくてもそれでいいなんて昔は考えてたけど、やっぱそう上手くいかんもんだ」

 ボスはしばらくは長い前髪をクルクルとイジっていたのですが、ふと動きを止めたと思ったら突然机を叩き、叫びました。

「神尾、偵察に行こう。今日は店じまいだ」

「偵察…ですか?」

 反応に困っている私を差し置いてボスは着々と出発の準備を勧めています。エプロンを放り投げ、袖をまくり、玄関の暖簾を畳み、裏からバッグを持ってきました。

「個人店の強みはここにある。俺は自由だ」

「…偵察に給料は出るのでしょうか?」

「お茶代くらいは出すとも」  

 私は両手を挙げて喜びました。エプロンを畳んでから手ぶらになって、店を出るボスの後ろを着いていきました。

 扉に下げてある「OPEN」の表札を勢いよくひっくり返して、私たちは敵地へと赴きました。

 

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