幕間 女神は愛しい人と共に故郷を歩く ①

「博人、ほら、ここから見る景色綺麗でしょ?」

「うん。凄く綺麗」




 私、薄井乃愛の隣で博人が楽しそうに笑っている。

 人間としての博人が死んだ後、元々この世界に連れ帰ろうとは思っていた。でも博人が納得してくれなかったら無理強いなんて出来ない。それで博人に嫌われてしまったら私は正気でいられないもん。




 そう考えると咲人がこの世界に召喚されてくれてよかった。それをきっかけに博人がこの世界に来ることを頷いてくれたから。






 博人の新しい体は、博人に出会った時からずっと準備していた。もしかしたら博人が納得してくれないかもしれないとは思っていたけれど、それでも私は博人を手放す気なんてなかった。納得してくれなかったら魂を持ち帰って眺めるだけになっていただろうから。そうなったら博人と喋れないんだもん。

 だからこうやって博人が納得してくれて、新しい体に入れられたことに満足している。

 人間としての博人は死んで、今、此処にいるのは神様よりの博人。

 私の作っていた体と、人間だったころの博人の体を組み合わせたから人と言う枠組みからは外れている。

 私が作った体に博人が入ってくれていることも、博人がこうして私とずっと一緒に居てくれることも嬉しい。




 神界には華乃と志乃に先にいってもらったから、お姉ちゃんが煩い。お姉ちゃんの博人と会った時の記憶を消してあるから、お姉ちゃんは色々混乱しているっぽい。早く私の博人を見たいって言っているけど、嫌だよ! 折角博人をこうやって独り占めできるんだもん。





「でも乃愛、何で連れていってくれる場所が全部人が居ないところなの?」

「だって博人を独占したいから。駄目?」

「駄目じゃないけど……」



 私の返答に博人は呆れたように何を言っているんだと、こちらを見ている。





「地球にいた頃は、私我慢してたよ? 博人が私に普通の奥さんを望んでいたから」

「うん。ありがとう、乃愛」

「本当は私の博人に話しかける人なんて一人もいなくていいと思っていたけど、我慢していたんだよ? 博人が会社に行って女の子と話したりしているのも、華乃と志乃が連れてきた友人たちと博人が話しているのも、ご近所の奥さんが博人のことを優しいって言っているのも――私の博人なのになぁって」

「あー……、乃愛、この世界で僕が誰かと喋るのも嫌がる?」

「ううん。博人は私とだけずっと一緒で、他の人が居ない世界よりも、色んなものに関わりたいでしょ? それは知っているから、しばらくは二人っきりがいいなって思っているの。知能ある生物がいない場所、二人でぶらぶらしよ? それが終わったら博人が望む場所にも行くから」




 博人が私とずっと二人でいいって思ってくれたら嬉しいけれど、私の博人はそういう風には思ってないことは知っている。

 博人は異世界物の漫画や小説を結構読んでいたから、折角異世界に来たのならば異世界らしいものを見たいだろうし。




 それにしても本当に私の博人は面白い。

 私の力が全然効かなくて、私の力を知ってもおびえなくて、自分は普通の人間だって言い張って異世界に来ようとはしていなかった。私の力を使おうなんてせずに、寧ろ普通の奥さんとして振る舞って欲しいって言っていた。

 それでいざ、こうして異世界に来たら来たで今の状況を簡単に受け入れてしまっている。



 博人は場に馴染むのが上手くて、順応性が高い。




 こういう博人だから、多分、お姉ちゃんたちにも興味は持たれる。私のダーリンだからというのもあるだろうけれど、博人はどんな時でも本当に平然としているから。……私の博人に手を出そうとした神が居たら、消そう。




「じゃあそうしようか。というか、知能ある魔物とかもやっぱりいるの?」

「いるよ」




 ……博人はそういう存在に興味があるらしい。私の方がずっと凄いのに。博人はやっぱりちょっと変だ。神である私ではなく、そちらに興味を持つなんて。




「博人が望むなら幾らでも会わせるけど、私にも構わないとだめだよ? それに私の方が凄いから! 博人が望むならいくらでも力見せるよ?」

「乃愛が凄いのは十分知っているよ」



 博人は私の言葉に呆れたように笑う。

 私は誰かの為に力なんて使わない。私がこうやって博人のためならいくらでも力を使うと言っているのは本当に特別なことなのだ。

 人はそういうのも知った上でこうなのだから、やっぱり博人のことが大好きだと思う。





 ――こうして人から、別の存在に至れば変わる人だっているのだ。実際にこの世界で人から神へ至ったものは、その性格をがらりと変えたりしていた。






 でも博人は、あくまで自然体。

 体が変わろうとも、人という枠組みから外れようとも博人は博人なのだ。

 そもそも神の力が効かず、一人だけ時間が巻き戻っていたことを知った上で普段通り過ごしていた博人だからね。それに私がどういう神か、どういう力を持っているか知った上で――神様としてではなく、ただの少女として振る舞う私を当たり前みたいに受け入れてくれた人なのだ。うん、こうして考えてみると私の博人はやっぱり凄い。




 博人が望むなら、この世界を博人の好きなように望むように改変してあげるのに。どんな物だって、どんな国だって――世界だって差し出してあげるのに。でも博人はそんなものは望んでいなくて、初めてくる異世界を、私の故郷であるこの世界を見て回りたいとただそう思っているだけだ。








「博人、また子作りしようね?」

「……急にどうしたの?」

「急にじゃないよ。前に言ったでしょ? 私は人間としての博人の子供も欲しいけど、今の博人の子供も欲しいから。だからね、子供、作ろ?」

「子供出来たら僕はそっちも構うから、しばらく乃愛に構えなくなるけど」

「それはやだ!」




 今の、体が変わった博人との子供は欲しいけれど、博人がしばらく私に構わなくなるのも、他を優先して構うのも嫌なので思わず叫んでしまう。




「なら、博人、少し経ってから作ろう?」

「子供出来たらちゃんと僕らで面倒見るからね」

「むぅ……博人、私が人に預けようとか考えてたの悟った?」

「うん。乃愛の考えていることぐらい分かるよ。僕と二人がいいのは分かったけど、子供が出来たら誰かに預けたりとかはなるべくしたくないから」




 ……すぐに作って神界で面倒を見てもらうのもありでは? と思っていた私の思考は博人にバレバレだった。




 まぁ、いいや。

 人の枠組みから外れた博人は、これから永遠に私の傍に居るもの。そのどこかのタイミングで子供を作ればいいよね。








 これから博人を何処に連れて行こうかな?

 誰もいない場所でゆっくり博人を独占して過ごしたいと、私はそんなことを考えてならないのだった。

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