主人公は僕じゃない

赤目

主人公は僕じゃない

「はあ……」


 ため息をついても何一つとして僕の景色は変わることがない。でも一度息をしている間に、見ている景色が変わることはある。


 あれは三ヶ月前、君が交通事故にあった日のことだ。成人式も過去の話となり大学卒業が目に見えてきた頃。僕は唯一の幼馴染のあきらと、おすすめの映画を見に行くため、ショッピングモールに向かっていた。


 道路を横断する三輪車に乗った女の子。そして時速60キロは出ていたであろう大型のトラック。僕と彰の視界にそれが入ったのはほぼ同時だったはず。


 僕は足がすくんだとかそんなんじゃなく、ただ、動けなかった。動こうと思えなかった。そんな僕とは違い、彰はカバンを投げ捨て道路に身を投げ出した。


 クラクションがけたたましく鳴り、聞いたことのない、グチャッとブチュッが混ざり合った形容し難い音が鳴る。


 その後の光景は予想通りだった。道路を真っ赤に染める絵の具と、強いブレーキの跡。そして……君の死体。



 僕は今日が最後の辛抱だと言い聞かせ、彰との初めての出会いを思い出す。




「なあ! お前が俺のドッペラーゲンゴローって奴?」


 君の第一声、第一印象は最悪だった。


「何、ドッペラーゲンゴローって? って本当に僕に似てるじゃん……」


 目にしたのはその日が初めてだったけど、その前から他人でも名前が耳に入ってくることはあった。お前に似てる奴がいると何度もそう言われていたからだ。


 目の前にいる男子は僕と双子と言われても遜色ないほどで、瓜二つ。背丈も同じぐらいで顔もコピペしたみたい。


「マジで似てるよなー! よく間違われんのよ、彰人あきとって。名前まで似てるとか俺のパクリかよ」


「誕生日、僕のほうが早いってことは知ってる。だから僕がオリジナルだ」


 鏡と喋っているみたいでいい気はしないが、愉快な喋り方と社交的な性格、これに似てると言われて悪い気もしなかった。


「俺、6月3日なんだけど? 早いほうじゃね?」


「僕5月3日だから」


「マジかよ……でも俺の方が身長高いし。168.5センチだし」


「何で身長……しかも0.8センチ負けた」


 こんな訳のわからない出会いだった。でも似ているということは話が合うということだったようで、僕は初めて親友というものを神から恵んでもらった。思考や好みも近く、好きな女の子のタイプも同じだった。


 似ているというだけで同じわけではない。僕の方が少し童顔だし、彰は僕より鼻が高い。運動神経だって球技は僕の方が上手い。他はからっきしだったけど。


 初めて彰の家に行った時は彰の母に「彰……じゃないわよね?」なんて言われたほどだ。本当ににドッペルゲンゴローとしか言いようがない。何だよドッペルゲンゴローって。


 中学2年生で出会って、高校、大学と同じ道を進んだ。その道中でクローンだの同時に倒さないと復活するタイプの敵だの言われたのは別の話。あと、中国産あきらなんて呼ばれたこともあったな。


 僕は工業系、彰は水産業系の夢を描いていて、髪を茶髪に染めた彰は「一緒に夢、追いかけような」と拳を突き出してきたことを覚えている。


 そんな矢先の出来事だった。彰が死んだ時、僕は初めになぜ僕じゃなかったんだと思った。意味のわからないことを考えてることは百も承知で。


 動けなかったんだから死ぬのはもちろん僕じゃない。でも、彰より死ぬなら僕の方が良かったと思ってしまった。それほどまでに僕の中の彰は大きかった。


 もし、彰が女の子を助けることができたなら、少しは救いになったのだろう。しかし、現実は無情にも、2人の命を刈り取っていった。


 彰の母に泣きながら「何で貴方じゃないのよ」と言われた時から、僕の計画は始まった。


 髪を茶髪に染め、少し整形をし、一から水産業を学び始めた。親は彰の事故もあってか何も言おうとしなかった。



 そして、明日が日本海側にある水産業系列の会社に向かう日だ。僕はもう少しで、君になれる。顔も、体も、思考も、好みも、全て、全部、一切を、僕は彰に寄せてきた。


 いや、彰になってきた。あと、最後に一つ。決定的な僕と彰の違い。僕は街頭で薄くなった夜空を見上げて呟いた。


、お前の人生、生きるから」


 これからの人生も、物語も、主人公はじゃない。

 

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主人公は僕じゃない 赤目 @akame55194

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