君が気づいた30のこと

のーと

そんなわけないでしょ

「うーくんは、りりちゃんのことが好きなんだよ。」

チョークで地面を埋めつくしてしまった後、そう放った。いや、実の所まだ書くところはあるのだが超大作をひとつ完成させたからもう飽きてしまったらしい。

「そうなの!?」

まだコンクリートのキャンバスに夢中なりりちゃんが振り返った。りりちゃんより4つ年上のみうは、食いついた予定調和に満足し話を進める。

「うん、空が言ってた。雲をよぅくみてると分かるんだよ。」

みうは空を見上げる。そこにはもちろん何も無い。

「どんな形だった?」

しゃがんだまま首をぐりんと上に向けてりりちゃんは問う。

「ほら、あの雲。」

みうの口からはどんどんでまかせが出てくる。気に入った形を指してこじつけを謳った。

「あれ、うーくんの形してるでしょ、そこから考えが見えるんだよ。」

最近読んだ好きな人と自分との相性を占う本。その矢印が見えるなどと言ってみる。

「なんでわかるの?」

尊敬の眼差しはみうにとっての劇毒だった。

「私はね、魔法界から来たんだよ。」

ちょっと際どいところを攻める。さすがに勇気が必要だった。

「へえ……。」

りりちゃんはすっかりチョークを置いて空に夢中になった。彼女に何が見えているのかみうにはわからない。

みうは下を向いてもう一度チョークを手に取る。



「あのね、うーくんね、りりちゃんが好きなの。」

かがんでいた隙にササッとよってきて耳打ちされた。

小さな両手に耳を包まれてとくダネを吹き込まれる。他人の息が耳に触れた感覚にも、いつの間にか横にいた事実にも驚いてその手を鑑みず彼を振り向いた。

「秘密ね。」

唇に1本人差し指をあてる、ぎこちない仕草。

きっと最近覚えたんだろう。

みうがその約束に頷く前にうーくんはもうみうには乗れないサイズのキックバイクに乗って遠ざかって行ってしまった。



「ねえみうちゃん、あれ嘘でしょ。」

ゾクッとはしなかった。ただ、バレたか、という感覚。次はもう少し注意深く騙さなければ、という縛り。

「えー、何が。」

シラを切るのはやめない。言ってなかったことにするだけ。

「魔法界からきたっていうの。」

少しだけ刺さる突起のある口調。みうは、コンクリートと向き合ったまま答える。

「そんなことないよー。」

破られた魔法にもう興味は無い。みうは次のとくダネを想起する作業にうつっている。

次はチョークを眺めて着想を得ようと思っていた。



みうは、ずっと分かっていて魔法にかけられていた。

彼女は幼い頃から知っていた。

ぬいぐるみは喋るということをわかっていたし、そうでないことも認めていた。夜になれば歩き出すし、きっとそれは嘘なんだろう。

だってみう自身がぬいぐるみのキャラクターを演じておままごとを進行させているのだから。

それらが全て分かっていて、彼女は本心から虚言を吐く。



高校生になったみうはもう一度魔法にかかっていた。彼女には世界が光って見えている。幻覚なんてそんなぬるいもんじゃない。

もっと深刻な、夕日の美しさに焦がれてしまうくらいの思い込み。

全部わかっていて、それに目を伏せて実際のところ彼女は自分の心象風景しかみていないのだ。それが魔法。彼女の魔法。



「あのね、君。自分がやった事わかってる?」

そう詰め寄る警官が彼女には舞台装置にしか見えていない。結局魔法はやっぱり無敵で彼女は誰よりも醒めている。






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