第2話 アシュリー
アシュリーは人より小さく生まれた女の子だった。
アシュリーには友達がいない。
アシュリーは親にとても過保護に愛されたが、その過保護さゆえに友達ができなかったのだ。
アシュリーの母はよく花瓶を割る。
アシュリーの父はよくネクタイをなくした。
アシュリーの母はよく薬で眠る。起きたら叫び出したり、暴れだしたりして、それをアシュリーの父が止めていた。
アシュリーの父はよく知らない匂いを付けて帰ってくる。
アシュリーの母はそのたびに発狂し、花瓶を割った数なんてもう数えられもしないほどだ。
アシュリーの父はもう薬指に指輪を付けていない。
アシュリーの両親はアシュリーをとても愛していた。
アシュリーは両親よりくまのぬいぐるみがお気に入りだった。
しかしそれよりお気に入りなのは、家の屋根裏に住む大きなドブネズミのロジーだった。
ドブネズミのロジーはおしゃべりがすきだ。
アシュリーと初めて会った時から、アシュリーの耳がおかしくなるほど喋り倒してきた。
アシュリーは今日も屋根裏へ登る。
下の階ではアシュリーの母がまた花瓶を割っていて、アシュリーの父がついに怒鳴り声を上げていた。
アシュリーは屋根裏のすみっこにドブネズミのしっぽを見つけた。
そのしっぽをぎゅうっと握って引っ張ってみる。
すると、すぽんっと屋根裏のすみっこの大穴からドブネズミのロジーが現れた。
ドブネズミのロジーはぢいと泣いてアシュリーの方へ目線を向けた。
「やあ、アシュリー。ご機嫌いかがかな」
「はぁい、ロジー。いい調子よ。あなたは?」
「ああ、今日はあまり調子が良くなくてね。最近この家の残飯も少ないし、家を鞍替えしようかと思ってるところだよ」
「まあ、そんなこと許されないわ。残飯があればいいの?」
「まあ、欲しいものは沢山あるよ。藁の寝床で眠りたいし、毛艶を整えるクリームも欲しい。毎日踊って暮らしたいし、歌って過ごしたい。君とサンバを踊るのも悪くないかもね。まあそんな夢かなうわけないけどさ」
「まあ、叶うわ。全部わたしがあげるから、家を鞍替えするなんて言わないで? お友達がいなくなるのはいやだもの」
「へえ! ぼくときみが友達だって?! そいつはいいや! 最高に愉快だよ! ドブネズミのぼくに人間の友達だってさ! ああ……そんなこと恥ずかしくて家族の誰にも話せやしないよ……」
ドブネズミのロジーは項垂れて頭を振った。
アシュリーには難しいことは分からなかったが、ドブネズミのロジーが落ち込んでいるように思えたのでそっと彼の手を握った。
「まあ、そんな寂しいこと言わないで。あなたにはわたしがいるもの、そしてわたしにはあなたがいるわ、何も心配なんて要らないもの」
そしてドブネズミのロジーをぎゅうっと抱きしめて、アシュリーは静かに泣くのだった。
一人目は母親だった。
アシュリーの母はアシュリーが水に混ぜ込んだ薬で昏睡し、入院することになった。長い治療になる。後遺症として言語障害が残るということだった。
二人目は父親だった。
アシュリーの父はアシュリーが靴に入れた大量の画鋲で足を刺し、タップダンスを踊るように苦しみながら車に轢かれて入院することになった。長い治療になる。後遺症として半身麻痺になるということだった。
アシュリーはドブネズミのロジーと毎日踊って、歌い、よく食べ、寝て過ごした。
アシュリーにはお金の使い方が分からない。そんなに遠くまで行けない。
アシュリーの住んでいるところは田舎だ。近くにスーパーはない。
アシュリーはすぐに食べ物を失った。
次に失ったのはガスや水道、電気だった。
アシュリーには何も分からない。
そのうちアシュリーはドブネズミのような相貌になった。
三人目はアシュリーだった。
冬の日、凍えて事切れた彼女のまだあたたかい肉を齧りながらドブネズミのロジーは呟いた。
「ああ、楽しかった。次はどこの家に鞍替えしようかな」
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