まっ白な空でつながっている

月織 朔

序章

避けられない運命

2022年8月 燕ヶ丘つばめがおか高校




「良い天気。」


朝水あさみさんが空を見上げてつぶやいた。


「曇ってる。」


「私は " 良い天気 " と言っただけで " 晴れている " と言った覚えはないよ。」


「とんだ屁理屈だ。」


「そういうの好きでしょ?東条とうじょうさんの影響を受けたんだよ。」


「影響を受けた自覚があるなら、それは影響を受けたというより、ただ私を真似ているだけだよ。」


「ほら。そういうところ。」


「ぐっ。」


今日、私たちは生徒会である朝水さんの仕事により、夏休みにわざわざ制服を着て登校している。

仕事というのは、他校の生徒から資料室にある本を見せてもらいたいという依頼があったので、生徒会、ひいては生徒会副会長である朝水さんが案内することになった。

そして今、生徒が来るのを校門で待っている。

きっと朝水さんは炎天下の中で待つより、曇り空の方が良いと言いたかったんだろう。


「夏休みに学校に呼び出して、このクソ暑い中立たせるなんて体罰に等しい。」


「ちなみに、その呼び出しに東条さんは含まれてないけどね。」


「ぐっ。」


「夏休みに何もすることがなくて、遊びに誘う友達もいなくて、ようやく勇気を出して誘った私に生徒会の仕事があるからって断られて、それでも良いからって付いて来たのは東条さんでしょう?」


「これは何かの拷問ですか?」


「いいえ。ただ事実を羅列しただけです。」


「朝水さん、事もあろうに黒咲くろさきの影響を受けてるんじゃないだろうね?」


「黒咲さんの影響なら受けても問題ないでしょう?

生徒会長だし。」


「問題大ありだよ。」


私は暑さと嫌悪感で息苦しさを覚え、ネクタイを緩めた。


「黒咲さんなら生徒会の仕事に部外者を立ち入らせたりしないだろうから、根本的には影響受けてないでしょ。」


「そうか。」


「安心した?」


「別に私は…」


「猫だ。」


「あ、もう聞いてないんだ。」


「ほら。あそこ。」


朝水さんは校舎の方を指差した。


「どこ?どんな猫?」


「白と灰色の猫。あれ、なんて種類だろう?」


「全然見つけられない。目は良い方なのに。」


「タイミング悪かったね。」


「残念。探しに行ってみる?」


「ダメに決まってるでしょ。」


「じゃあ、生徒会の仕事終わったら…」


「_すみません。」


2人して校舎の方を見ていたら突然背後から声を掛けられた。

慌てて振り向くと他校の女子生徒が立っていた。


「生徒会の方ですか?」


「はい。生徒会副会長の朝水しずくです。」


宮間みやま高校3年の葉山千夏はやまちなつです。よろしくお願いします。」


「宮間…。」


朝水さんはどこか腑に落ちない表情をしている。


「あなたは?」


「私は付き添いの東条さつきです。よろしくお願いします。」


私が挨拶を終えても依然考え込んでいる様子の朝水さんは、私と葉山さんの視線を感じてようやく我に返った。


「すみません。では、ご案内します。」


そして私たちは資料室に向かって歩き出した。

資料室は部室棟と呼ばれている旧校舎3階の1番奥にある。と、私もさっき聞いた。


「すみません。この学校無駄に広いんで少し歩きます。」


「お気になさらず。」


葉山さんは不気味なほどに淡々と話す。

3年ということは同い年になるはずだけど、もっと年上に感じるほど落ち着いてる。

大人っぽい見た目と落ち着きがある朝水さんと並んでもさらに大人っぽく感じるから余程だろう。


「今日はどんなものを探しに資料室へ?」


「図書館にもない、この地域の古い資料があると聞いたので。」


「この地域のことを調べているんですか?」


「はい。」


「どうして?」


「東条さん質問責めしないの。失礼でしょ。

うちの資料室には歴史だけ見ればかなり価値のある著書や資料が沢山あるらしいから。

と言っても、実際はただ古いだけで無名の作家やこの地域の歴史資料ばかりみたい。

この地域の資料を探しているなら、きっと見つかると思いますよ。」


「ありがとうございます。」


「もしかしたら、ものすごい価値のあるものが眠っているのかもしれないよ!ねぇ朝水さん!探してみようよ!」


「嫌だよ。あんな汚い部屋探したくない。」


そう言ったあと、朝水さんは気まずそうに葉山さんの顔色を伺った。


「すみません。資料探しはお手伝いしますので。」


「大丈夫です。気にしないでください。」


「そういえば、そのまま資料室向かってるけど鍵かかってないの?」


「もう借りてある。」


「先生、誰が来てた?」


緑川みどりかわ先生。ちなみに資料室の管理をしてるのも緑川先生。」


「だから今日来てるのかな。」


「さぁ。私たちが知らないだけで先生たちは夏休みも働いてるし、たまたまじゃない?」


資料室に着き、鍵を開けた朝水さんは不思議そうに部屋の中を見渡している。


「綺麗になってる。」


「そんな汚かったの?」


「いや、そこまでじゃ…ただ、もっと本が散乱して埃っぽかったような。でも、良かったです。どうぞ。」


そう言って葉山さんを資料室の中へと誘導した。


「ありがとうございます。

すぐに済むので、ご迷惑でなければそこで待っていてください。」


「どんなものを探しているか教えてもらえれば、一緒に探しますよ。」


「いえ。こちらで探します。」


「わかりました。」


葉山さんが1人資料に目を通している間、私たちは廊下で待機することにした。


「価値のある本、探さなくていいの?」


朝水さんが揶揄からかうように聞いてくる。


「価値のある本かの判断が私にはできないからやめておく。」


「それもそうか。」


朝水さんはわざとらしく納得してみせた。


「価値があるといえば、もしも警備員のいるお金持ちの家に空き巣が入って、高価な絵画が盗まれたら悪いのは警備員?それとも空き巣?」


「警備員がいるなら空き巣にはならない。」


「名回答だね。」


「私は盗みませんよ。」


資料室の中から葉山さんが淡々と答える。


「いやいや。そういう意味で言ったんじゃなくて。」


「じゃあ、どういう意味?」


「この前見た映画の話。どう考えても悪いのは絵を盗んだ人なのに警備員はすごく怒られて仕事をクビになった。」


「それで?」


「悪の定義は難しい。」


再び資料室の中から葉山さんが答える。


「まぁ…そういうこと。」


「なにそれ。」


私が言おうと思ってたこと。いや、もう少し話した後に言うつもりだったことを先に言われてしまい調子が狂ってしまった。


「隣の部室、見慣れない名前の同好会ですね。」


葉山さんの問いかけに私と朝水さんは同時に隣の部室に視線を送った。

そこには " ものしらべ同好会 " と書かれている。


「お茶して、ただ雑談するだけの同好会ですよ。」


「適当なこと言わないの。私も詳しく活動内容を把握しているわけではないんですが、悩みを抱えた人の話しを聞いているみたいですよ。」


「そうですか。」


アイツも相変わらずというか懲りないというか。

また面倒なことにならなければいいけど。


「心配?」


「なんで私が。」


「幼馴染でしょ?」


「違う。ただ同じ中学だっただけ。」


「黒咲さんといい、何で因縁ありげな3人が同じ高校に進学したんだか。」


「たまたま。」


「合唱部と揉めたなんて話も聞くから心配にならない?」


「揉めたって?」


「私も詳しくは知らないけど。」


「そう。」


「今度、様子を見に行ってみる?」


「行かない。」


「そういえば、ものしらべ同好会の2人は旅行中だって。」


「なんで知ってるの?」


緒方おがたさんに聞いた。」


「だれ?」


「同好会の部員。」


「面識あるの?」


「同好会の立ち上げ申請に生徒会に来たから。

人懐っこくて良い子だよ。今朝も旅行先から写真送ってくれたし。旅行って言っても緒方さんの田舎らしい…」


「え?ちょっと待って、連絡先交換してるの?」


「うん。」


「なんで?」


「色々大変そうだったから困ったときの為に。」


「私とも最近交換したばっかりなのに?」


「それは東条さんがメッセージアプリ入れてなかっただけでしょ。」


「友達いないから必要なかったの!」


「なんで怒ってるの。」


「これは今度挨拶に行く必要があるな。」


朝水さんは呆れたように溜息をついたあと、葉山さんの様子を伺った。

きっと葉山さんを置いてけぼりにしていることか、騒がしくして邪魔になっていないかを気にしているんだろう。


「目ぼしい資料はありましたか?」


私が尋ねると朝水さんに睨まれた。後者の方だったか。


「お2人はひいらぎつばさをご存知ですか?」


「演歌歌手?」


「役者です。」


葉山さんが冷たく訂正する。


「東条さんって本当に世間離れした人だよね。」


「芸能の話を一般常識かのように語るのはどうかと思うけどね。」


「と言っても私もうろ覚え…というか活動自体そんな長くしてないんじゃないかな?

私たちと同い年で…確か高校1年のときだった。

初主演映画がすごい人気出て有名になったんだけど、その映画を最後に引退したみたい。

当時は失踪の噂もあって " 消えた新人女優 " なんて話題になってたけど…結局どうなったんだろう。」


「殺された。なんて噂もまだ根強く残っています。」


「それはかなり物騒な噂だね。」


「ただの噂でしょ。」


朝水さんはわずかに嫌悪感を示した。


「その柊つばさが、最近ある集会サイトに投稿しているみたいなんです。」


「集会サイト?」


「海外のドラマや映画で見たことないですか?

椅子を囲んで、同じ境遇の人がお互いの経験を話すところ。あれのSNS版って感じです。

匿名なんで顔を合わせるどころか、どんな人間なのかもわからないので良し悪しはありますが。」


「匿名だからこそ、柊さんみたいな人も参加できるんだろうし良い面は多いんじゃないかな。」


「でも、どうして柊つばさが投稿してるってわかるんですか?匿名なんでしょ?」


「確かに。」


「さぁ…それは。」


「もし特定されてるなら、もっと話題になっていてもいいはずだし。」


「もうそこまでの話題性がなくなっただけじゃないの?」


「だったら何で…」


「すみません。もう調べたいことは済んだので私はこれで失礼します。」


葉山さんが話しを遮った。


「そう…ですか。」


朝水さんは資料室から出てきた葉山さんの手元に視線を送った。


「あの、もし気になる資料があれば貸し出しの許可も出ているので、必要なら持って行っても大丈夫ですよ。」


親切心、というより疑うような眼差しで朝水さんは問いかけた。


「大丈夫です。」


再び校門まで送ることになったが、資料室に向かうときとは違い少し空気が重く感じる。

朝水さんは葉山さんに対してどこか警戒しているように感じる。気持ちはわからなくもないけど。


「今日はありがとうございました。」


朝水さんに軽く一礼したあと、葉山さんは私をじっと見つめた。


「ネクタイ、緩んでますよ。」


「あ、すみません。」


私が慌ててネクタイを直す様子を見て、葉山さんははじめて笑顔を見せて立ち去った。


「じゃあ…緑川先生に報告して帰ろうか。

なんか疲れちゃった。」


「甘いものでも食べに行く?」


「うん。行こうか。」


職員室に行くと緑川先生と他校の生徒が話しをしていた。


「あ!君たち困るよ。校門で待っててくれって頼んだじゃないか。」


嫌な予感、というにはもう手遅れだろう。


「こちら資料室の見学に来た、水谷川みやがわ高校の豊崎晴とよさきはるさん。案内をよろしく。」




end.



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