居酒屋

羽弦トリス

第1話闇に光る目

今日、西村賢太が死んだ。

その一報をスマホのニュースで知ったのは、清水蒼真44歳。

彼は、朝シャワーを浴びて、ヒゲを剃り歯磨きしてスーツに着替えた。今日は火曜日。ネクタイは緑色の日。

清水は曜日でネクタイの色を変えていた。妻の美樹が準備した朝ご飯を食べて息子の幸太の寝顔を見てから出勤した。

彼はサングラスを掛けている。

小学1年生の時、遊びながら転んで右目に電線のワイヤーが突き刺さり、失明したのだ。

会社は理解のあるところで、彼がサングラス通勤を認めている。

清水は自転車で駅まで走り、駐輪場に止めてカギを掛け、電車で30分の場所にある会社に向かった。

清水は更衣室でジャケットを脱ぎ、作業服に着替えた。

彼の仕事は中古車を海外に輸出する際の検査。

盗難車かどうか、1台1台調べるのだ。

彼は、自動車検査課の主任であった。

着替えた清水は、缶コーヒーを持ち喫煙所でタバコを吸っていた。銘柄はハイライトである。

本物のタバコ好きは、ハイライトを吸うと言うがどうだか。

腕時計を見ると、8時15分。

喫煙所に彼と同じ課の係長の山崎優生44歳が現れた。

「オッス、清水君」

「ん?おはよ、山崎君」

2人は同期で、どちらとも係長になりたく無くて、じゃんけんで負けた山崎が係長に昇進した。

「山崎君。今日の目標は?」

「ん~~500台かなぁ。若い衆3人付けるよ」

山崎もブラックの缶コーヒーを飲んでいる。

清水は水の入った灰皿に、ハイライトを投げ入れると、作業指示書を読みにオフィスに戻った。

「おはようございます。清水主任、今日はよろしくお願いします」

と、言ったのは石川朗人25歳。

それから、女の子2人、池田茜23歳、山下真央25歳が今日のメンバーだった。

11月と言うのに、暑い日が続く。

中古車のボンネットを開き、エンジンナンバーを1台1台調べる。

地味な仕事だが、かなりハードである。

石川、池田、山下はツナギ姿で作業しているが、清水はネクタイをしながら作業している。

慣れているので、汚れないのだ。

10時、お茶の時間だ。

石川に千円札を渡して、飲み物を買いに行かせた。

清水と女の子らは、中古車置き場の日陰に座り、休憩した。

石川がジュースを買ってきて、みんなに配りお釣りを清水に返した。

清水がタバコに火をつけると、石川もタバコを吸い始めた。

「まだ、半分も進んでないなぁ〜。今日は残業だな」

と、清水が漏らすと、

「主任、私達頑張りますから、今日は定時で」 

と、山下が言うと、

「何か用事あるの?」

「まぁ、ちょっと」

その日は、若い衆の努力により、定時の30分前に終了した。

女の子は、定時になると速攻帰って行った。

清水は石川に声を掛けた。

「石川、飲むか?」

「えっ、いいんすか?」

「さっさと着替えろ」

「ハイッ!」

清水と石川は居酒屋に向かった。

山崎も行きたそうな顔をしていたが、管理職なので、明日の工程表を作成しなくてはいけないので、2人で居酒屋に向かった。

タクシーで居酒屋へ向かうと、さっき帰ったはずの女の子2人が総務課の若い衆と並んで帰っていた。

清水のサングラスの奥の目が光った。

「さては、あいつら社内恋愛か?」

「え?」

「……なんでもない」

タクシー代は1300円だった。

居酒屋はモツ鍋専門店夜明けだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る