修繕屋『九十九堂』の業務日報〜巡る縁と繋がる絆〜
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
序
※
「くだらねぇ」
心底本音だった。
目の前をチラチラと舞う
久々に降り立った
その不快感も載せて低く舌打ちを放ちながら、オレは不愉快な根本を
巫女としてそれなりの能力は持ち合わせているのか、相手の目に一応オレの姿は映っているようだった。キョトンと不思議なモノを見るような瞳で、少女はオレのことを見上げてくる。
「そんなもんリンリン鳴らしてクルクル回ってるだけで、神が本当に喜ぶと思ってんのかよ? だとしたら、おめでたいガキだな。目ざわりでしかないんだよ」
その澄んだ漆黒の瞳を、どうしてだか叩き割りたくなった。
だからオレは、衝動的に言葉を投げつける。
「
少女の瞳が、揺れた。そのことにようやくオレはわずかに
言いたいことは言った。ここまで突き放せばこのガキだって泣いて帰る。それで終わり。
オレは
だがオレの予想に反して、少女は黙ったままではいなかった。
「……あなたは」
これも巫女としての才なのか、オレはその言葉に無意識のうちに足を止めていた。
「あなたは、さみしいのね」
「……はぁ?」
だがその声がいくら力に
「テメェ……今、何つったよ? ア?」
「だって、イヤなことを、わざわざ姿をあらわして、
不愉快なことを不愉快だと口にしただけで、どうしてそんな
苛立ちとともに振り返り、
「とうさま、言ってたよ。楽しいことがいっぱいあれば、さみしい思いをしていなければ、イヤなことをわざわざ口に出す時間がおしいはずだって。楽しいことを話すのにいそがしくって、イヤなことを口にしなくなるんだよって。だからユキも、イヤなことを話すひまなんてないくらいに、楽しいことをみつけなさいって」
視線に殺意さえ載せたというのに、少女はオレから視線をそらさなかった。
それどころか、真っ直ぐにオレの瞳を見つめて、ニパッと笑う。
「そうだよね、さみしいよね。こんな山の中にひとりでいたら、だれにも会わないもんね」
「はぁ? オレは誰かに会うことなんか望んでな……」
「ずっとひとりでいると、ひとりのさみしさが分からなくなるんだって。暗い心に、むしば……えっと、むしばまれている? ことさえ、分からなくなるんだって。……そうだ!」
少女は何かを思いついたように手を叩いた。両手にそれぞれ舞扇と
その音と少女の無邪気さに、なぜか背筋に
「わたしがあなたをここから出してあげるっ!!」
「はぁっ!?」
「町に出て、いろんな人とおしゃべりするようになれば、さみしい気持ちが分かるよ! それといっしょに、楽しい時間も、きっとふえると思うの! そしたらきっと、イヤなことを口にしてる時間なんてなくなるよ!!」
「ざっけんなっ!! オレはこの静かな空間が気に入ってんだっ!! 何が楽しくて外になんて……っ!!」
オレの勘は当たっていた。慌てて言い募るが、少女は聞いちゃいない。いっちょ前に腕を組んでウンウン何かに悩んでいる。
オレはその
「っ!?」
だがその恥の逃走さえ、オレには許されていなかった。
人の目には映らない神界へ続く扉が、なぜか開かない。目を凝らして見てみると、キラキラと
糸はオレの体や扉に複雑に絡まっていて、簡単に外れそうな気配はない。とっさに糸を引き千切ろうと指をかけるが、オレの指は糸に触れられずにすり抜けてしまう。
──どうなってやがるんだ、これ……っ!!
「決めた!」
自分がどんな状況に立たされているのかイマイチよく分からないし、何が自分をこんなに
だがオレはなぜか、背後から響いた無邪気な声にビクッと体を震わせた。耳と尻尾が毛羽立っているのが自分でも分かる。
「あのね、あなたをここから出してあげるには、名前が必要なの。
恐る恐る振り返る。変わらずそこに立っている少女は、キラキラと瞳を輝かせてオレのことを見上げていた。
「あなたの名前は……」
可憐な唇が、美しい声音で、絶対の力を込めた言霊を紡ぐ。
ああ、逃げられない。
黄金色の糸が、実体をもってオレを縛りあげていく。
──クッソ……! クッソ……っ!!
望んでいない
だというのになぜかオレの心の奥底では、その感触を甘く心地良いものだと感じる自分もいた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます