第9話 「あたしが最初だよな?」

「今日の夜……11時ぐらいに見るアニメとかってねーか?」

「あー……今日は……」


 下校中、やいちゃんに質問をされた。そして少し頭を使ってから、ぼくは答えた。


「そうだね。ないよ」

「そっか……」

「え、何? どうしたの、やいちゃん?」

「いや、別に何もねーけどよ……ただ……」


 いや何か、あるよね? と思ったけれど、思うだけ。ぼくは口を閉じて、やいちゃんからの次の言葉を待つ。


「今日の夜中、電話してもいーか?」

「……? うん。良いよ」

「マジ? じゃあ寝ねーで、起きてろよな! 12時ちょっと前に、電話するからよ! いーか? ぜってー寝んなよ!」

「は、はいっ!」


 とりあえず、ぼくがしたのは受け答えと返事だけ。やいちゃんは妙に嬉しそう。それについても、ぼくは触れなかった。なぜか、余計なことを言ってはならないような気がしたからだ。




「おっ、やいちゃんだ」


 その夜、やいちゃんから電話が掛かってきた。


「もしもし、やいちゃん?」

「おお、菊ちゃん! 起きてられたんだな!」

「まあ夜更かしは、慣れっこだよ。深夜アニメは結構リアタイするからね」

「さっすが~」

「それで、どうしたの?」

「えっと……その……あっ!」

「ん?」


 やいちゃんが何かに気付いたようだ。そして、


「誕生日おめでとう!」


 その何かが今、分かった。

 今日は、ぼくの誕生日だ。


「なあ」

「ん?」

「あたしが最初だよな?」

「えっ? それって……」

「菊ちゃんを祝ったの、だよ!」

「……ああ、そういうことか!」


 なるほど、そういうことだったのか!

 あの放課後の確認は……。

 かわいい!


「何だよ、すっげー嬉しそうじゃねーか!」

「そりゃそうだよ。やいちゃんに祝ってもらえたんだからさ!」


 ぼくよりも、やいちゃんの方が嬉しそうだった。でも、それも言わない。


「ありがとう、やいちゃん!」

「お、おう……」

「そういや今日ってさ……」

「ん、何だ?」


 やいちゃんが照れているのが伝わってきたので、ぼくは話題を提供してみた。


「菊の節句ってのは知ってた?」


 そのテーマは「今日は何の日?」だ。


「おいおい、知ってるに決まってんだろ! 前に話したじゃねーか! 菊の節句に生まれた菊ちゃんなんて、逆に覚えない奴いんのかよ!」


 よし、これなら電話を切られない。いつも通りのパターンなら、ぼくがやいちゃんに余計なことを言って「もう切るぞ!」なんて怒らせちゃうだろう。でも毎回そんな風にはさせない。

 今日みたいな場合は、特に。

 ……よし!


「でも、それだけじゃないんだよ今日は。他にも記念日、あるんだ」

「へー! 何だ?」

「色々あるよ。救急の日、ロールケーキの日、食べ物を大切にする日、栗きんとんの日、温泉の日、手巻寿司の日、吹き戻しの日、世界占いの日……」

「うわー、すっげー! 何でそうなったのかとか、分かる?」


 このまま、ぼくたちの話は続いた。電話を切りたくない。ずっと話していたい。それはいつも思っていることなのに、今夜は特に強く思っている。それは、きっと彼女も同じ。




「だから食べ物を……」

「……」


 会話してから数分後、やいちゃんの声が聞こえなくなった。


「……ありがとう。おやすみなさい」


 案の定、言葉は返ってこなかった。そして、ぼくは電話を切った。




 翌朝……いや今朝か。


「何で起こさなかったんだよー」


 ぼくは誕生日も、やいちゃんに怒られている。


「いや寝ちゃったのに起こすのは、かわいそうだよ……」

「そこは起こせよ~、変な気遣いしやがって! あー、あたしダッセーな。あれだけ菊ちゃんに寝んなとか言っといてよー……」

「でも、その気持ちだけで嬉しいよ。一番に祝いたいって思ってもらえているなんて、ぼくは幸せ者だよ……」

「……そんな優しくしたって、決して大したプレゼントじゃねーかんな……」

「わあっ、プレゼントまで……。ありがとう、やいちゃん!」

「……もうっ! 安物でいーなら、くれてやるよっ!」

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