報復

夜ト。

プロローグ

 「Hi! Meibis? Can you hear me?」

 そう云われながら、手術室に運び込まれてきたのはメイビス・ジーグラー、アメリカ人だ。先程、病院の壁に突っ込まんばかりのスピードで救急車がこの女性を運んできて、今までで一位、二位を争う程の早さで手術室に運び込まれてきた。

 理由は銃撃事件。

 なぜ銃を持っていたのかは知らないが、ジーグラー夫妻が喧嘩、ヒートアップし、夫がメイビスに発砲。腹部中央に着弾した。

 緊急手術のリーダーを任された俺、坂上行は、リーダーとしてメイビスに何が起こったのかを聞いていたため、周りの外科医よりも遅れて手術室に入ることになる。

 救急車が止まっている駐車場で話をしていたため、急いで院内に駆け込む。

「こんなに急いでどうしたんだい」

 出入り口を掃除していた掃除のおっちゃんに聞かれ、「アメリカ人女性が撃たれたんだってさ」と返した。ほう、と興味のなさそうなおっちゃんの返事を背に手術準備室に駆ける。

 手術準備室に入って手術着に着替える。

「あーあ、アメリカ人かよ」

 そう零しながら、手術室に入る。

 別に、アメリカ人の体は日本人の体と変わっていて手術がしにくいとか、そう云うわけでは無い。単に、俺がアメリカ人を嫌っているだけだ。それに、好きで嫌っているわけでは無い。どちらかと云えば、嫌いにさせられているのだ。アメリカ人達のせいで。

 一言云えば、俺がアメリカ人を嫌う理由を分かってもらえると思う。

 ここは沖縄だ。

 さて、もう分かっただろう。皆の頭の中にはこんな単語が浮かんだのでは無いだろうか。

――アメリカ軍基地。

 そう、その通りである。俺がアメリカ人を嫌う理由はアメリカ軍基地だ。 しかし、変な話アメリカ軍基地があること自体は別にいいのだ。つまり、何が云いたいのかと云うと、アメリカ軍基地があることによって起こる住民への被害、それが嫌なのだ。

 例を挙げてみようか。実弾演習による環境破壊、軍用機(主に空軍の)の騒音、アメリカ兵による沖縄県民殺害事件、さらには、空軍演習時に機体の一部が剥がれたり、取れたりして民家に落ちる、なんてことも起きている。

 その中で俺が特に嫌っているのは騒音だ。外科医で、夜までかかる手術、緊急で夜に始まる手術などがあり、睡眠は取れるときにとる、と云うのが当たり前なのだ。そのため、大切な睡眠時間を騒音なんかで邪魔をされては、迷惑どころの話では無いのだ。そのため、メイビスに直接何かをされたわけでは無いが、どうしても嫌気がさしてしまうのだ。

 しかし、俺は外科医。人の命を救うのが仕事だ。そのため、私情なんかを挟んで行動なんかしてはいけない。あくまでメイビスは助けを求める人間。俺は、助けを求める人を救う外科医なのだから。

 手術台に乗せられたメイビスの左側に立つ。体にはシートがかけられていて、腹部。つまり、着弾した部分を中心に、シートが正方形状に切り取られていて、銃創と白い肌が露わになっている。手術台を取り囲むようにして立っている助手、五人に云う。

「これより、メイビス・ジーグラーの中央腹部に着弾した銃弾の摘出手術を始める」

 全員が頷き、全員の視線がメイビスの腹部に降り注ぐ。

「メス」

「はい」

 右手を出してそう云い、メスを渡してもらう。メスのひんやりとした温度が手袋越しに伝わって来る。

 左手で、メイビスの腹部に触れる。そして、親指を除いた四本の指で想像した、切るラインをなぞる。親指は左脇腹に当てて、同じように横にスライドさせる。つーっとなぞったときに、左脇腹に当ててある親指が、しこりのような物に当たった感覚があった。病的なしこりで無ければ何の問題も無いのだが、俺は強い違和感を覚えた。

 しこりの硬さじゃ無いぞ、これは。

 もう一度、そのしこりのような物がある部分に指を当ててみるが、やはり硬い。硬すぎる。

 不審に思った俺は、一度金属トレーにメスを置いてしこりのような物をつまむようにして触ってみる。助手が何してるんです? と聞いてきたが、答えず指先に意識を集中させる。

 二つの円、先にかけて細くなる棒状の物。まるでこれは……。

 と、答えが出そうになったとき、手術室のドアが勢いよく開かれ、白衣姿の医院長が入ってきた。

「ちょ、医院長、手術中ですよ? そんな格好でなにを……」

「……切ってないよな」

「はい?」

 走ってきたのか、ぜぇぜぇしながら医院長は切ってないよな、と聞いてきた。まだ切ってないが、手術なんだから切るのは当たり前だろう。何を考えてるんだこの人は。と思ったとき、医院長が怒鳴った。

「切ってないかと聞いてるんだっ!」

「は、はい。まだです」

 すると医院長は驚くべき事を口にした。「切ってはならん」

「い、医院長。切らずにどうやって銃弾を取り除くんです?」

 すると医院長は、さらに驚くべき事を口にした。「その女性は別の病院に送る」

「別の病院って云っても、この辺に病院はここ以外ありませんよ?」

「ある。米軍基地の軍事病院だ」

「はいぃ?」

 なぜ……と言葉にする前に医院長がまた口を開いた。

「さっさとその女性を運んでくれ」

「どこにです?」

 助手の一人が聞いた。

「玄関だよ。迎えが来ている」

 迎え? と聞きたいところではあったが、そんなに質問ばかりしていてもらちがあかないため、とにかくメイビスを玄関に急いで運んだ。

 玄関の外では、慥かにアメリカの救急車が止まっていた。

 運ばれてきたメイビスに気が付いたのか、救急車の後ろで待ち構えていた金髪――おそらく地毛だろうが――の女が走ってきた。その後を追いかけるようにして、名札をぶら下げた日本人も走ってきた。

「――――――――――⁉」

 金髪の女が医院長に云った。それを聞いた名札をぶら下げた日本人が、

「切ってませんよね?」と云ったため、この日本人が通訳士であることが分かった。

「大丈夫。切っていません。運ばれてきたときと変わらぬ状態です」

「――――――――」

 通訳士が英語に直して金髪の女に云い、「OK.Thank you.」金髪の女はそう、簡単に返してメイビスを救急車に運び込んだ。救急車のドアが閉まった、と思ったときにはもう救急車は出発していた。

 おそらく、皆はなぜアメリカの軍事病院に運ばれたのかを考えているのだろう。しかし、俺は全く違うことを考えていた。メイビスが運ばれてきたときに云われたことを思い出した。

――彼女、おそらく一度、脊髄の手術を受けていますね。

 それと、あの左脇腹にあったしこりのような物。二つの円、先にかけて細くなる棒状の物。この二つの事実を合わせると、考えなくとも一つの事実――あくまで推測だが――が出て来る。

 あのしこりのような物は、鋏だ。

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