15:魔法少女の拠点
■■■魔法少女の集い場■■■
それから僕と沙矢は徒凪さんに引き連れられ、快速に乗って2駅ほどの大都市の駅のホームで降り立った。
来るのは久々だったが、いつの時代でもこの駅は人が忙しそうに行き交っている。高校生の頃はそれが眩しく映ったものだが、今は決して住みたい場所ではないなと思う。便利かもしれないが落ち着かない。もっと静かな場所の方が良い。それでいて駅周辺に生活に必要な店がコンパクトに揃っていれば何の文句もない。これが大人になるということなのか、或いは僕の人間性に起因した嗜好でしかないのか。この周辺の賃貸価格が10年後はより高騰していることを思い出して、後者だろうなと思った。
事務所は南口にあるようだった。
この駅の南口といえば商業施設は数多く並んでいる通りがあって、特に今みたいな夕方は人通りのピークだ。そんなことを考えていると徒凪さんは一本道を逸れて、ショッピングストリートから離れた。四車線道路の大きな通り沿いを歩く。この通りはメイン通りの裏側なので人は多くなく、どちらかといえば古いビルやオフィスビルが立ち並ぶ区画となっている。しかしなんとも、僕からすると非常に覚えがある通りだった。学生時代に通っていたアニメショップがこの灰色の都会に紛れて聳え立つ古いビルの5階部分に存在していたからだ。狭い店内だったけど、それ故のマニア感というか、アングラ感が漂う店内の空気感は当時中二病も併発していた僕にとって非常に好ましいものだったことを覚えている。懐かしい。だから店に行くためにこの通りも何度も通った。高校卒業してからは行ってないが。この世界にもあるかなと少し気になった。
「お兄ちゃん、後で服見に行こうよ」
沙矢は既に先程のことを忘れたかのように軽く言って僕の手を握る力を強める。いや、忘れているわけはないか。ここに来る道中、沙矢は無言だったし、何かを考えている様子だった。一旦の結論が出たのだろう。僕としても沙矢には泣いているよりも普段通りの姿を見せてくれる方が嬉しい。兄としてのエゴかもしれないけど。なんて考えて、遂に自分が沙矢の兄という自覚を当然のように持ってしまっていることに気付いて苦笑いが出た。そう努めるようにはしてきたけど、我ながらちょっと早すぎやしないか。こうなってまだ一週間だぞ。正確には一週間経ってない、六日目だ。多分、沙矢の妹属性が高すぎるから自然と僕も兄貴面になってしまうのだろう。何て恐ろしい妹だ。同時に他人に思えない愛おしさも感じる。うん、僕はもう駄目みたいだ。
そうだね、と流すように沙矢の言葉を頷くと沙矢ははにかんで行く店を口から羅列し始めた。全然分からない。多分前の世界との差異じゃなくて、単純に僕が女性物のブランドに疎いだけだった。格安ブランドなら大体分かるんだけどな。
駅から10分と少し歩いて、徒凪さんは立ち止まる。昭和からあるだろう貫禄のある、古色蒼然としたビルの前だった。
「ここの四階です」
徒凪さんはそう告げながら綺麗に折り目の付いた制服のスカートを靡かして、ビルの正面玄関へと足を踏み入れる。ちなみに先程まで着用していたゴスロリドレスみたいな服からは着替えていて、今は制服だった。恥ずかしかったらしい。
しげしげとビルの外観を眺めながら徒凪さんに続く。内装もそれ相応に古さを感じる。そこかしこに傷や汚れが付いていて、階段は一段一段が高い。昭和感がある。
「徒凪さんはその……魔法少女をやって長いの?」
エレベーターの待ち時間で好奇心から聞いてみる。いやはや、魔法少女か。僕はこの世界には魔法少女が存在すると受け入れているつもりなのだが、いざ口に出すと急激に現実みに欠けるから困る。
「四年目です」
徒凪さんは淡々と答えて、呼んだエレベーターに乗り込んだ。古き良き時代のビルだからか、エレベーターも狭い。三人乗った時点で結構手狭だ。
「なんというか、僕はさっぱり魔法少女については知らないんだけど、大変だったりするのかな」
「そうですね……常に危険と隣り合わせですから」
「そっか。大人はなにをしてるんだろう」
「魔法少女は未成年、凡そ20歳くらいまでしかなれませんから」
なるほど、などと思った。魔法少女は年齢制限があるようだ。日曜朝アニメの世界観なら許されるかもしれないがそうじゃない。非常に気に食わない設定だなと考えて、いやいやこれは現実だぞと思い直す。
本来、治安維持活動なんて子供が命じられてやるものじゃない。警察とか自衛隊の仕事だろう。それを未成年の女の子にやらせるのは間違っていると思う。大いなる誤謬だし、如何なる理由があろうと大人の怠慢だ。そもそも始めたのが四年前って、未成年者の労働については禁止されているんじゃないのか。国際労働機関がそう定めていた気がする。
急にこの世界における魔法少女がどういう扱いを受けているのか興味が湧いた。
これまでは魔法少女について何一つ考えなかったけど身近な人間が巻き込まれているとなれば話は別だからだ。僕は大層な人間じゃない。だから目に見えない範囲を慮るほどの余裕も能力もない。でも徒凪さんがそうであるならば、真面目にどうにかならないかと考えてしまう。僕が考えてどうにかなる問題なら他の優秀な大人たちが解決出来ていると思うが、それでも考えてしまうのだ。
エレベーターのドアが開いた。四階は魔法少女の事務局とやらが一つあるだけのようで、無愛想な二枚開きのドアが視界に入る。扉のガラス部分は擦りガラスで、中の様子を見えないようにしている。他にはICカードリーダーが壁に設置されているくらいで、看板らしきものは何一つ掲示されていない。思えばビルのテナント案内にも四階部分は空白だった。魔法少女の事務局とやらはどうも表立って構えていないらしい。
徒凪さんは懐からカードを取り出すとリーダーに翳す。ピッ、という電子音と共に施錠が解除される音がした。
開いた先には短い通路の向こうに更に重厚そうな鉄扉が一枚あった。徒凪さんは扉横の窪みに人差し指を突っ込んだ。すると窪みの横がスライドするように開き、現れたテンキーに徒凪さんが素早く入力。ドアが今度は横へズレて先の通路が出現した。所有認証と生体認証と知識認証の三段階認証らしい。古いビルだからと少々侮っていたが、セキュリティーはかなり気を遣っている。ゲームの中の研究施設みたいだ。
進むと直ぐにホールが現れた。40畳くらいありそうな大きな空間で、真ん中には20人程度が座れそうな長机が置かれている。正面にこれまた大きいディスプレイが数枚壁に掛けられており、なんだか特撮の作戦会議室のような空間だなと少し気分が上がる。
「所長、来ました」
徒凪さんは右を向いて言う。視線の先にはドアがあったが、途端に開いて女性が現れる。
所長と呼ばれた女性はOLのような出で立ちで、ワイシャツを七分袖に捲っている。年齢は僕と同じくらいだろう。長い黒髪をシンプルなゴムで一纏めにしていて、何と言うか、僕より仕事が遥かに出来そうな人間に見える。キャリアウーマンだ。いや、この世界ではそういう風には言わないかもしれないけど。女性が働くのが当然の価値観ならキャリアウーマンのウーマンや、OLのL、そういった女性を強調する言葉は存在しないはずだ。
徒凪さんへ視線を向けると、時間を置かずに僕へ視線を注いだ。
「うん、お疲れ。……ちょっとユメノちゃん集合」
温和な目で徒凪さんを見た後にひょいひょいと手招きした。スタスタと徒凪さんは近寄る。そのまま僕と沙矢を蚊帳の外にしたまま小声で話し始めた。徒凪さんの名前久々に聞いたなとかどうでもいいことを思う。
つい僕と沙矢はお互いを見た。
なんだろうね。さあ?
沙矢と不思議がっていると作戦会議が終わったようで、徒凪さんと女性がこちらへ歩み寄ってきた。人見知りを発動したのか沙矢が僕の背中に隠れる。僕に対応を任せる腹積もりだろうなと察して、まあ兄としては頼られるのは嫌じゃない。でも流石に高校生なんだからもうちょっと自主性を持ってもらいたいと思うのは兄心なのか。完全に兄貴面している自分が少しおかしい。
苦笑いが出そうになるのを抑えつつ、僕は制服の襟を正した。
「初めましてこんにちは、私は近巳秋(おうみあき)。ここの所長を務めています」
「こちらこそ初めまして。比影壮一と申します。こちらは僕の妹の比影沙矢です。この度はそちらの徒凪さんに命を助けていただきました。ありがとうございました」
「いえいえ、私は何もしてないわ。感謝ならユメノちゃんに」
近巳さんから手を差し伸べられて、握手だと気付くのに数秒かかる。欧米的だ。留学経験でもあるのかもしれない。少なくとも僕が社会に出て握手をしたことは一度たりともない。
握り返しながら作り笑顔で話す。
「それはもう。今度何か徒凪さんにはお返しします」
「仲が良いのね。感謝されることも少ないからきっとユメノちゃんが喜ぶわ」
「はい、是非そうします」
威勢よく言ったものの、どう返せばいいかは分かっていない。ただでさえ勉強を見てもらっている状況で、更に命を助けられてより分からなくなった。
学力と、僕の命と、沙矢の命。これに見合う物なんてあるだろうか。
考えても水掛け論になる気がした僕は一旦この話を棚に上げた。
「それで比影くん、今何歳?」
「……17歳です」
「受け答えはそうは見えないけど、まあいいわ。それで男性よね?」
「見ての通りです」
唐突に要領の得ない質問をする近巳さんに、僕もどう答えれば良いか迷った。結局素直に答えたが、いやはや、どういう意図なのだろか。
考えていると、近巳さんは耳に掛かった髪の毛をもじもじと弄り始めた。
「その……よければ私とお付き合いしない? 高給取りよ、私」
脳味噌に過電流が走る。
えっと、僕はいま告白されたのか? この会話の流れで? この世界ではこれが一般的なのか?
告白をされたのは人生初だと戸惑っていると、人見知りが解けた沙矢が前に出る。
「お兄ちゃんを誘惑するのは止めてください! 意味が分かりませんしお兄ちゃんが血迷ったらどう責任を取るんですか!」
なんか憤慨していた。キシャーッと毛を逆立てて、猫が威嚇しているみたいだった。愛らしく見えるのと同時に、血迷うってなんだとも思う。まさか僕がこの適当な告白にハイハイと頷いて男女の関係を結ぶとでも思われているのか? ならちょっぴり、いや、かなりショックだ。
近巳さんが何かを言う前に僕は口を開く。
「突然沙矢がすみません。告白の件はごめんなさい、お断りいたします。僕は初対面の方とお付き合いする気はありません」
「財布としてでもいいわよ?」
「いえ、そういう問題ではありません」
「じゃあどんな問題?」
「倫理観と価値観、ついでに恋愛観の問題です」
内心では財布という単語が出てギョっとしたが、大人と会話しているという意識があるからか上手く表情は取り繕えた。
本当にこの世界は僕の知っている世界じゃないなとつくづく思う。ATM扱いでも良いとか宣う人間なんて創作の中のキャラだけだと認識していたが……ここではそうでもないのかもしれない。
ただ、決して近巳さんも本気で言っているわけでは無かったみたいだ。
僕の回答に何故か納得したように頷くと、口元に弧を描いた。
「ユメノちゃん、絶対に逃がさない方が良いわよこの子。大抵の男より上だから。物件で言えば港区物件よ」
「は、はい……」
困ったように徒凪さんは相槌を打った。珍しく気持ちが分かる。上司から好きでもない男をこんな風に推されればそりゃ生返事になるだろう。職場で下卑た話を振られた時に僕も同じ気分になったことがある。どう返せばいいか、未だに僕にも正解が分からない。
僕は軽く咳ばらいをした。
「本題に入って頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんなさいね。ユメノちゃんが友達、ましてや異性を連れてくるなんて思わなかったから驚いてちょっとテストをしてしまったわ」
あまり悪びれていない表情で言う。まあ、品定めされていたんだろうなあ。別に僕はどれだけ底辺に見られても構わないが、ああでも、今は妹がいる。僕はいいが沙矢まで下に見られたら少々腹が立ってしまうかもしれない。そう考えて、あまり社交性に欠ける子供っぽい言動は控えたいと思う。
「全然僕は構いません。沙矢の命を助けていただいてますし、僕のことは幾らでもテストしていただいて大丈夫です」
「駄目だよお兄ちゃん譲歩の姿勢を見せちゃ! この人、こう言ってるけど多分結構ガチだよ!?」
沙矢が声を荒げて手を強く握った。心配性なのは僕だけじゃないようだ。でも近巳さんは大人だ、それも第一印象からしてきっと僕よりちゃんとした大人だ。徒凪さんの身も案じていたみたいだし、その点は心配いらないと思う。そういう意味を込めて沙矢の頭を柔らかく撫でてみるが、眉間に皴は寄って、瞳には敵意を宿したままだ。何か沙矢独自のセンサーに引っかかったものがあるのかもしれない。
「兄妹仲睦まじい様子で羨ましい限りね。本当に無事で良かったわ。それじゃあ比影くんも聞きたいようだし、本題に行きましょう」
近巳さんは沙矢の声を大人の余裕で封殺した。沙矢は悔しそうに睨んでいる。
「もう聞いてると思うけど、改めて、ここは対怪人魔法少女事務局南関東第二支所よ。長いからみんな事務局と言うわ」
「第二ですか」
「ええ。全国に23の支所があるの」
「都道府県ごとではないんですね」
「まあ色々とあるのよ。察して頂戴」
まあ予算だろうなと思う。多分国営の組織だろうし、日本政府の財政事情が厳しいのはこの世界でも変わらない。社会科教師が話すことをちゃんと聞いておいて良かった。ただ、付け加えるならば日本という国は緊要な箇所にはちゃんとお金を投下して改善を施す印象がある。毎年のように特別国債を発行していて、本当に必要ならばそこで資金調達をしているだろう。怪人対策については現状維持で問題無いと思える根拠があるのかもしれない。
「主な活動内容は管轄内の怪人駆除とその被害者の救出と保護よ」
「それは全て未成年の子供たちが?」
また僕は話の腰を折ってしまう。いけないなと思う。気になることが多すぎてコミュニケーションが円滑にいかない。
近巳さんはこれ以上ないしかめっ面で重々しく首を縦に動かす。
「魔法少女になれるのは個人差があるけど20歳程度まで、それ以降となるとマナを扱う素質が無くなってしまうからね。いえ、そんなことを聞いてるわけじゃないか。常識だものねこのくらい。大人としての責務なら感じているわ、所長以下並びに事務総監までの関係者全員が」
僕はその常識すら知らなかった訳だが、現実は非常に重い。アニメじゃない。未成年が命を落としかねない最前線に立つ現実だ。創作内なら幾らでも美化できても、この世界で実際に起きていて、実際に襲われて死を覚悟した僕としては許容できない。魔法少女という要素でフィルターが掛かって見えそうになるが、子供が死ぬかもしれないのだ。前の世界で言えば中東の子供兵に近いかもしれない。遠い世界の話だと思っていたけど実際に手元に転がってくると受け入れがたい。
その中で、近巳さんは比較的マトモな大人に見える。年端も行かない女の子を使っているが良心がありそうだ。実働している徒凪さんとも仲が良さそうに見える。
「すみません、この際なので気になっていたことをお伺いしてもいいでしょうか?」
「いいわよ」
「怪人に効力がある兵器はないのでしょうか? 致死に至らなくとも魔法少女が手軽に運用出来て、怪人の隙が作れれば一番。そうでなくとも有利な状況を作れるような道具とか」
「保護した民間人、しかも貴方みたいな男の子からそんなことを言われたのは初めてね」
「子供に死んでほしくないだけです。とりわけ徒凪さんには絶対に」
「へぇ」
近巳さんはやるじゃんと言いたげに気安く徒凪さんの肩を小突いた。徒凪さんは頬を赤くしている。恥ずかしいことを言ったつもりは欠片も無いのだが。
気を取り直すように近巳さんは視線を僕へと戻す。
「貴方も子供、というのはもう置いておきましょうか。子供に死んでほしくないのは同じよ。でも怪人自体がマナで構成されているせいで通常兵器は通用しないのよ」
「例えばスタングレネードとかどうですか? 間接的に視覚を潰すとかは」
「無理よ。彼らの感覚器官はマナを基準としているの」
確かに言われてみると、あの怪人の目は口の奥にあった。普通の生物ならば絶対に意味が無い場所だ。つまりあの目は僕とは違う常識でその役割を果たしているに違いない。
そうですか、と僕は言って若干凹んだ。大人のつもりだけど何も出来ない。フリーター兼ニートの想像力では限界がある。27歳にもなってマトモな職歴が無い現実を思い出して更にナイーブになった。
ふと、近巳さんの目が温かくなったことに気付く。
「優しいのね」
「そんなことないですよ。自分の無力さに打ちひしがれていただけです」
「それが優しいって言うの。でも貴方が抱えこむ必要性は無いわ。どうにかするのは私たちの役目だから」
と、近巳さんは言うけど、徒凪さんが巻き込まれているなら他人事にすべきではない気がした。今のところ何も出来ないから、思うだけになりそうだけど。
しかし近巳さんは額に手を当てて溜息を吐いた。
「って、言って終われれば良かったんだけどね……実は今回、そうも言ってられないのよ」
「と言いますと?」
「比影くん、それから妹ちゃん。このオフィスが何人入ると思う?」
唐突に投げかけられた問いに視線を彷徨わせる。数十人は余裕で活動出来そうな空間の他に、先程近巳さんが出てきた部屋、他に扉が4つほどある。そっちにも部屋があるとして、昼夜交代で人員配置も整えているのなら20人規模は下らない気がする。でも今はこのオフィスには近巳さん以外に存在しない。
「えっと、100人は入りそうな気がします」
考えている内に沙矢が先に答えた。
「うん。そうね。比影くんはどうかしら」
「分かりませんが概ね沙矢と同じ規模感はあっても良いかと思いました」
「まあそう見えるわよね。実際、これまでうちの支所はポイント的な本局からの支援を含めればそのくらいよ。オンサイトが40人程度かしら」
「あの、話が見えないのですが……まさか」
「先に言っておくと私以外全滅したとかではないわよ。恐らく無事だと思う」
悪い想像が脳裏を過って口走りそうになったが、その前に否定されてほっとした。でも、恐らくという言葉を使った以上無事かどうかは分からないのだろう。
「で、ここからがお願いしたいことになるんだけど……」
近巳さんはチラリと沙矢を確認した。
「ユメノちゃん、沙矢ちゃんには貴方から説明してほしいんだけど良いかしら?」
「……分かりました。沙矢さん、こっちへ」
徒凪さんは一瞬動きを止めるが、何事も無かったように隣の部屋へと誘導を始める。
「え、あの、わたしお兄ちゃんと一緒が良いというか」
「ごめんなさいね。男性への配慮よ」
「でも近巳さんって女ですよね?」
「大人だもの。それくらい弁えているわ」
弁えているなら冗談とは言え告白なんてしないと思った。勿論口には出さない。面倒になる気がするから。
「あー。分からないですけど、そう言うことなら……」
不服そうな面持ちは継続しているが、一応の納得をしたようで渋々と沙矢は徒凪さんへと着いていく。この言葉に言いくるめられる沙矢の将来が少々心配だ。社会経験のためアルバイトとかさせた方がいいかもしれない。これじゃあ兄と言うか、さながら親心だな。年齢的にはそっちの方が近いし、さもありなん。
それにしても、男性への配慮か。でも具体的にどんな配慮だろうか。僕にも良く分からない。怪人の話題で男女を分ける必要性なんて感じないけどな……。
沙矢と徒凪さんが隣の会議室のような小部屋へ引っ込んでいくのを見届けると、近巳さんは懐からジッポライターを取り出した。
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