第21話 つないだ手の温度が均されるまで
「白華さ〜ん今日の夜ご飯何にする?」
日当たりのいい窓の近くでゴロゴロしている朝一さんが寝転びながら私に尋ねてきた。
今の時刻は二時四十分、西日が差し込み始め、窓辺に暖かい日差しが燦々と降り注いでいる。
ぽかぽか暖かい陽気が増えてきた四月。私の暖房能力を使うこともだいぶ少なくなった。
「朝一さん、引っ越してからずっとこの窓辺にいますね」
「だってポカポカしててあったかいんだもん」
なんだか負けた気がするのは気のせいだろうか。
朝一さんはアスファルトに寝転ぶ野良猫のように暖かいフローリングの床にぐでーんと横たわっている。
「もちろん、白華さんの方があったかいよ? だってこの前だって……」
「あ〜!!! もういいですその話は!!」
「ちぇ〜ってか、夜ご飯の話は?」
朝一さんにそう言われて重い腰を上げ、私はキッチンの冷蔵庫の中を見渡す。
「冷蔵庫にあるのは鶏肉と……使いかけの鶏ガラスープの素と、牛乳……うーん……」
「白華さん! 提案します! シチューはどうでしょうか!」
朝一さんは勢いよく手を上げて夜ご飯のメニューを提案した。
「シチューですか? もう春ですけど……」
私はシチューはもちろん変わらず大好きなのだが、冬に食べるものというイメージが先行しているのと、正直言って気分じゃないのでやんわりと反対してみる。
「え〜反対なの? 好きなものに季節とか関係ないじゃん?」
新しく買ったクッションにぎゅむっと抱きつきながら朝一さんはニコッと笑う。
その笑顔は正直言ってずるい。禁止カードだ。
「……はいはい、じゃあ、早めに買い物行きますよ」
「うん!」
◇ ◇ ◇
マンションの部屋の外に出ると春の暖かい風がそよそよと漂っていた。
「部屋の外、思ったよりあったかいですね……」
「ね〜もう夏も近いね〜」
「まぁ、クーラーも買いましたし、今年の夏は快適ですかね」
「あ、クーラーで思い出したんだけどさ、白華さんは暖房しかできないの?」
「多分暖房しかできないです。もう十分暖かいですし、暖房の出番もこれでおしまいかな」
「やだ〜私はまだ寒いよ〜〜〜!!」
そう言って朝一さんは私に飛びつく。こんな暖かい季節なのに朝一さんの頬は冷たい。
「……!? あの……白華さん? 今外だよ?」
私の手は、なにも考えずに朝一さんのひんやりした頬に触れていた。
「——ッ!? いきなりごめんなさい!!」
私は慌てて手をどけようとした。
「ふふっ、全然大丈夫だよ」
朝一さんは退けようとした私の手を嬉しそうにぎゅっと握った。
まだ、朝一さんの手の温度は私の手と比べたら冷たい。でも出会ったあの冬の日よりだいぶ暖かくなった気がする。
「白華さん、行こ? この近くのスーパー、お菓子安いんだって〜!」
子供のようにはしゃいで無邪気な笑顔で私の手を引く。
歩道のそばの小さな川には桜の花びらが流れていく。
「変わらないでほしいな……」
思わず口を出ていたひとりごと。
「……白華さん、なんか言った?」
「何も言ってないですよ、幸せだなーって思ってただけです」
春風が並んだ二人の頬をさらりと撫でて通り過ぎていく。
この先どれだけ季節が巡ろうと、どんな険しい道が待っていようと、朝一さんの隣でずっと手をつないでいたい
いつか、私と朝一さんのつないだ手の温度が均されるまで。
—完—
つないだ手の温度が均されるまで みけめがね @mikemegane
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます