第14話 しゅごいですね……

 

 久しぶりの休日二日目を迎えた。

 今日は朝から私の部屋の掃除を朝一さんと行うことになった。

 久しぶりに私の部屋の鍵を開ける。最近は物を運びに来るくらいで、私は一日の大半を朝一さんの部屋で生活していた。

 

 「相変わらず、散乱してるねぇ」 


 「むぅ……」

 

 部屋の様子に朝一さんも苦笑気味に言葉を漏らす。

 それもそのはず、私たちの眼下には、ページが開きっぱなしの雑誌や、しおりも挟んでないままの小説の山。それに空のペットボトルや、なんらかのクーポンやチラシ、などなど……

 自分でも生活が成り立っていたのが不思議なほどの見事な汚部屋だった。


 「よし、まずはいらない物を捨てよう!」


 「そうですね」


 「と言うことで、お掃除がんばろー!」


 「お、おー……」「おー!!!」


 

  ◇ ◇ ◇


 まずは一番人の目に触れる居間の掃除。私は読み終わった本を厳選する。この機会に何冊か売ってしまいたい。


 「なんでこんなにレシートばっかり出てくるの?」


 朝一さんが散乱したレシートを部屋中からたくさん集めて山を作っている。

 

 「一時期ポイントサイトにハマってて、多分その時にたくさん保存していたやつですね……」


 「ほへぇー……捨てよう」


 私の(当時の)努力の結晶はゴミ袋に容赦なくぶち込まれる。まぁそこまで未練はない。


 「レジ袋の中にレジ袋いっぱい入ってるよ? いるの? これ」


 「いらないです。っていうかそれ、どこから出てきたんですか?」


 朝一さんはどこからかレジ袋in大量のレジ袋を部屋の中から発掘してきた。


 「ここに落ちてたよ〜いや、逆にすごいね」

 

 こんなこと褒められても全く嬉しくない。むしろ不名誉だ。

 今までのゴミを見てると私は何かに使えるかも、と必要ない物を溜め込みがちで、その上どこに物を溜め込んだかを忘れる冬眠前のリスみたいな性格なのかも知れない。

 そんなこんなしてるうちに足の踏み場もなかった部屋は少しずつ片付いてきた。

 私のすでに読み終わった本も分別が終わってきて、積まれた本がビル群のようになっていた部屋の一角も大分スッキリした。

 

 「ふぅ……ん?」


 部屋に放置されていたいつぞやのスーパーの特売チラシがカサッと風もないのに動いた。

 私は冷や汗が滝のように流れ出した。


 (ま……まさか、ヤツ!?)

 

 私があたふたしているうちにヤツはその黒いボディーを現して、私の方に向かってぶうううんと羽をばたつかせて一直線に飛んできた。

 

 「ぎゃああああああああ!!!」


 今月分の悲鳴を一気に使い果たしたような。そんな大きな悲鳴が部屋中に響き渡った。私は一瞬心臓が止まった気さえした。

 

 「ん? どうかしたの〜?」


 シャワールームの方を掃除していた朝一さんは額の汗を拭いながら呑気に私の方に来る。


 「あ……ゴ、ゴキ……」


 私は若干涙目になりながらヤツのいた方を指差す。

 

 「あー……はいはい、よくあることだよ〜」


 と言いながら朝一さんは手に持った雑巾で、すばしっこく逃げ回るヤツを掴んでそのまま窓の外に逃した。


 「清水さん、大丈夫?」


 腰の抜けた私に朝一さんは手を差し伸べる。


 「しゅ、しゅごいですね……あっ、あしゃかずさんは……」


 心臓が飛び出るほど驚いたせいで、びっくりするほど舌が回らない。


 「あははっ!! 何その言い方〜!」


 朝一さんはよほど可笑しかったのか、お腹を抱えて笑い転げている。


 「清水さん、まさか虫嫌いなの?」


 まだ笑いながら聞いてくるので私はプイッと目線を逸らした。

 

 「はい、何か悪いですか」

 

 「いや、悪いわけじゃないんだけど……ふふっ、清水さんにもちゃんとした弱点あるんだな〜って」


 朝一さんはそれなりにニヤニヤしながら言うので、若干むかついた。私って朝一さんが思うほど完璧な人間じゃない。……って、あれ?

 

 「こんな会話前もしませんでしたっけ……?」


 「……そうかも」


 朝一さんは少し懐かしそうに天井を仰いで笑った。

 そういえば出会ってから四日しか経ってないのか、このまま行けば人生でも相当濃い時間になりそうだ。


 「よーし、頑張りましょう!」


 「お、最初よりやる気出たね! あともう少しだし頑張ろう!」


 「「おー!!!」」

 

 私たちは部屋を隅々まで掃除して、夕方になる頃には私の部屋は別の部屋のように綺麗になっていた。

 その結果、玄関は雑誌の束と、パンパンのゴミ袋で埋まってしまった。

 私たちは両手にゴミ袋を持ってゴミ捨て場を何回か往復してる。


 「さっきのゴミ袋、そこまで重くなかったですね」

 

 「まぁ、全体的に紙類が多かったからね〜」


 朝一さんは歩道傍の縁石の上を平均台の上を歩くようにバランスをとりながら歩く。


 「あ、清水さん! 一番星!」


 藍色に変わりかけている空を見上げると朝一さんが指差す方向に一番星が光って見えた。


 「じゃあ、二番星」


 そう言って私は朝一さんに軽く指をさす。


 「!?……私?」

 

 朝一さんは少し動揺しながらも、もう一度確認を取る。

 

 「そうですよ?」


 なるべく平然を装って言ってみた。

 

 「清水さんって、結構ロマンチスト?」

 

 「……ちょっとよくわからないです」


 私は顔を逸らした。

 

 「もう〜! また照れ隠しして〜!」


そう言いながら朝一さんは私の背中におぶさる。


 「ちょっと……!?」


 朝一さんの体重と体温が背中にのしかかるが、私がおんぶできるほど軽い。いい香りはしないんじゃない。私が朝一さんと暮らしていて朝一さんの香りに慣れたんだと思う。


 「清水さんあったかいから、くっつきたくなっちゃうんだよね〜」


 「……今日だけですよ」


 朝一さんとならゴミ捨てでも何往復もしたい。そう思ってしまった。

 暗くなり始めた空の一番星のすぐ隣には、もう一つ瞬く星が見えはじめていた。


————————————次回「母」


※次回タイトルは変わる可能性があります…ご了承ください


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