第13話 なんでもある


 「なんでもある!!!」


 そう声を上げた朝一さんは俯いた私の頬に手を当てて目線をまっすぐ合わせた。


 「朝一さん……声が大きいです……!」


 私はしーっと人差し指を立てた。朝一さんは周りの目を気にしてないが、私は結構視線を感じて恥ずかしくなる。

 朝一さんの少しひんやりした両手は感情の昂りからか、無意識の領域で能力が少なからず発動しているのだろう。

 そして、そのまっすぐな淡い色の瞳は、すでに私の心を見透かしてるらしい。


 「隠し事はあまりしたくない、さっきスマホ見てたけど何かあったの?」


 どうせ言うなら今が正解だろう。


 「……母が今週のどこかで私の部屋に仕送りを届けに来るらしいです……」


 私がそう答えると、朝一さんは肩透かしを食らったように目をぱちくりした。


 「なんだそんなことか……びっくりしたぁ〜」


 そう言って朝一さんは空気の抜けた風船のようにだらんと私の頬から手を離した。


 「そんなことじゃないです、緊急事態です!」


 「もぎゅっ!?」

 

 今度は私が朝一さんの頬を両手で挟み、強制的に目線を合わせる。


 「しょれってどうゆう……?」


 顔を両手でギュッと挟まれたまま朝一さんは言う。

 

 「汚い私の部屋に母親が来るって言うのがとてもまずいです……まぁ、母は意地でも部屋に入ってくるんでやるしかないんですが……」

 

 「じゃあ、明日一緒に清水さんのお部屋のお掃除しようよ!」

 

 「私の汚部屋の掃除ですよ? いいんですか……?」


 「命救ってもらった人に恩返しするのは当然のことでしょ!」

 

 朝一さんは任せとけ!と言わんばかりに胸をドンと叩いた。


 「ごめんなさい……朝一さんに身内間のことまで任せちゃって……」


 私が謝る。と朝一さんは私の肩に手を置いて


 「そう言う時は、ありがとう。でしょ? 私、清水さんと一緒にいる時間が好きだから!」


 とはにかんだ。私はまた体温が上がって手のひらに汗がじわっと滲んだ。

 

 「そうとなれば、今から駅ビルの百均行きませんか……?」

 

 私は駅ビルの中にある百均のブースを指差した。

 

 「百均?」


 「私の部屋、今は掃除用品が床をコロコロするクリーナーしかないので、新しく掃除用品を買いたいんです」


 こうして考えてみると私は掃除に関しては結構ズボラな人間なんだと思い知らされる。

 

 「ありゃりゃ……じゃ、じゃあ賛成!」


 流石の朝一さんもこの惨状には苦笑いした。


  ◇ ◇ ◇


 先ほど居た場所から徒歩十秒のところにある掃除用品の売り場に着いた。


 小さめの箒や塵取り、雑巾などの定番用具や、メラミンスポンジや、細めのブラシなどの細かい場所用の用具や、フローリング用の掃除シートなどがたくさん棚に置かれている。


 「ほえー、結構なんでもあるんだ〜」


 朝一さんが辺り一面を見渡しながら百均の充実したラインナップに感心している。


 「清水さん! 見てよこれ! 履くだけでお掃除スリッパだって〜!」


 朝一さんはお掃除スリッパをご丁寧に二個持ってきた

 

 「なんですかそれ……っていうか私達の部屋ほぼ畳じゃないですか」

 

 私がそう説得すると

 

 「でも、髪の毛とか、ホコリとかも絡め取れるって書いてあるよ?」


 朝一さんは食い下がってきた。

 

 「んー……じゃあ一つだけですよ?」


 「むぅー、じゃあ私がもう一つ自腹で買う!」


 そんなにこのスリッパが欲しいのか、でも自腹で買ってくれるなら別にいいか。


 「それならご自由にどうぞ」


 そんなこんなで私たちはいろいろ相談しながら、シンク掃除用のメラミンスポンジと、箒と塵取りのワンセットと、ゴミ袋と、さっき朝一さんにおねだりされたお掃除スリッパと、コロコロクリーナーのスペアを買って店を出た。


 「ふんふふ〜ん」


 朝一さんはレジ袋を片手にぶら下げて鼻歌混じりで嬉しそうに私の隣を大股で歩く。


 「ご機嫌ですね、朝一さん」


 「なんか朝一さんのお母さんに会うのが、今からちょっと楽しみになっちゃってね」


 朝一さんは私の母に直接会うつもりで居たらしい。


 「あ、それなんですけど……」

  

 「?」


 「朝一さんと私が一緒に生活してることは母には絶対にバレないようにしてください」


 「え……? どうして?」


 朝一さんが珍しく狼狽えた表情を見せた。

 

 「……なんでもです!!!」


 私は臭いものに蓋をするようにスパンと話を切り上げた。

 

 この関係が母にバレたら、おそらく私は実家に強制的に戻されることになるだろう。

 その上でさらに、女の人に恋に似た感情を持ってるなんて、もし母に知れたらどんな顔でどんなことを言われるんだろう。

 そうなったらこの時間は、なんのためにあったものなんだろう。だから私は後悔しか残らない結果には絶対にしたくない。けど……


 堂々巡りになった私の不安は、そのままぶくぶくと太るばかりだった。


————————————次回「しゅごいですね……」


※次回タイトルは変わる可能性があります…ご了承ください


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