第11話 閉め出した記憶


 「「…………」」

 

 それから、私たちは一言も言葉を交わさないまま店の外に出た。

 いや、お互い話を切り出せるタイミングをうかがっていたんだろう。

 そのまま歩き続けていると公園を駅のはずれに見つけた。赤いベンチと砂場と滑り台だけの決して大きいとは言えないどこの街にも一つはある小さな公園。


 「座って話そうか」


 朝一さんが先にベンチに座り、その隣に私も座る。


 「そんなに大した理由じゃないんだよ?まぁ、熱が冷めただけというか……」


 朝一さんは少し言葉を詰まらせた。

 ごくんと唾を飲み込んでから深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。

 朝一さんの唇は少し震えていた。

 

 「彼女が部屋のドアから出ていく姿が、私が見た母の最後の姿と重なるようになった……ただそれだけ」


 朝一さんの発する一層苦しそうな涙声は、私の知らない彼女の過去のトラウマが今でも根強く残っていることを胸が苦しくなるほど感じさせる。

 

 私って朝一さんの何になりたいんだろう。

 恋人? 家族? どれもまだ私にはこれと言った実感が湧かない。

 朝一さんを助けたのは部屋の隣で野垂れ死ぬなんてしてほしくなかったから? いや、能力で悩んでいた時の私と朝一さんを重ねた上で、助けたかったんだ。


 「朝一さん……!」


 気がつくと、朝一さんのダウンジャケットの袖を掴んでいて、次の言葉を考えるよりも先に声が出ていた。


 「……私が朝一さんの暖房になります。そばに入れる限り、ずっと」


 俯いていた朝一さんはハッと顔を上げた。

 頬には涙が伝っていた。それに今気がついたのか、朝一さんは涙を拭ってから両腕を広げる。


 「?」


 私は思わず首を傾げる。

 

 「じゃあ、あっためてくれない……?」


 「今ここでですか……!?」


 私は朝一さんの急なおねだりに大いに狼狽えた。


 「ここじゃだめ……?」


 上目遣いで朝一さんは私の方を見つめる。

 こんなことを言われたら断れる人類は地球上に何人いるんだろう。

 辺りを見渡して、誰もいないことを確認する。よし、誰もいない。


 「いいですよ、そんなこと言われたら断れませんし……」


 私が許可を出すと朝一さんはポスっと頭を私の胸に沈めた。

 朝一さんの顔にそっと手を当てる。人形に触っているみたいに冷たい。

 

 「やっぱり清水さんの手、あったかい」


 朝一さんは顔に添えられた私の手に自分の手を被せるように握ってすりすりと頬擦りした。

 

 「ッ……!」

 

 顔に火がついたように熱くなる。ついでに手先まで熱が伝わる。

 

 「ふふっ、清水さんに抱きしめられてたらなんだか、どうでも良くなっちゃった」


 「それはよかったです」

 

 朝一さんが笑った。私も微笑み返した。お互い心に少しだけ余裕ができたような気がした。

 

 キーンコーンとお昼を知らせる鐘が鳴り響いた。と同時にギュルルーっと朝一さんのお腹が大音量で鳴った。

 

 「コホン……と言うことで、朝一さん!一緒にお昼食べに行かない?」


 「なんだか、朝一さんらしいですね」


 前に朝一さんから言われた言葉の意味、ちょっとわかった気がする。

 

 「そうかな……?」


 当の朝一さんはイマイチピンときてないようだ。


 「じゃあ、お腹すいたし、お昼行こ!」


 そう言って朝一さんは私の手を取る。

 強く握られた手のひらは、二人同じ温度になっていた。


————————————次回「二名様でお待ちの……」


※次回タイトルは変わる可能性があります…ご了承ください


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