第2話 ずっとこのまま
マキナの輝きが晴れた。そこはいつもと変わらない玉座の間である。そこに座る男。魔王グリムの不機嫌そうな表情も、またいつも通りであった。
「静かだな。お前が俺の配下を一人残らず皆殺しにしたせいだ」
「私に話しかけているんですか?」
グリムの視線の先には、先程の戦闘で老女シーラを倒したかつての若い彼女の姿があった。
「そうに決まっているだろう。この部屋にはお前しかおらん」
「話しかけないでください。私と話しても何も面白いことはないですから」
「いや、すでに俺は愉快だ」
「キモいですね。消えてください」
「クックックッ。俺の作り出した幻にすぎんお前が、俺に消えろと言うか。面白いな」
「ついさっき自分を殺したばかりで投げやりな気分なんです……早く私も消して下さい」
「案ずるな。本体が死んだのだ。幻影に似すぎんお前は3日もすれば消えるだろう。俺がわざわざ消すまでもない。しかし、不思議だな。心から消えたいと望んでいれば、貴様ら幻影は考える間もなく霧散する。大抵の幻影は自分の本体を殺したあと、俺を蔑んだ目で見ながらなにも言わずに消えていくぞ……お前はそうはしないのか?」
「わからないんです。私はあなたに持ちたくもないナイフを無理矢理握らされ、切先をもう一人の自分から反らせられなくなるような、そんな魔法をかけられました。でも、あなたが私に課した魔法的な縛りは本当にそれだけだった。マキナを使った瞬間、私は私自身の意思で、自分を殺すか、それとも自分に殺されるか、選ぶ事ができたんです。おかしいですよね?だったら普通殺されればいいじゃないですか。私はあなたを殺すために今日まで生きてきたのに、どうすればあなたを殺せたのでしょうか?もしかして私の覚悟はまだ甘かったのでしょうか?
「それは俺にもわからん。一つ言えるのは、お前にとっては覚悟より殺意が重要だったということだ。殺意のための覚悟とも言える。お前は俺に向けていた殺意の大きさを自身で体験した。ただそれだけのことだ」
「自分の殺意に怯え咄嗟に私は私を殺した……傀儡に過ぎない私が、本物の私を……」
「フッ。人は誰しも自らの幻影を自分以下だと軽く見る。そして、俺に負けるのだ。初めて会った時のお前はそのことをよく知っていたのだがな」
「……私はこのまま死ぬのでしょうか?」
「3日でな。死ぬのが怖くなったのか?」
「……冷たい目をしていたんです」
「何がだ?」
「私を殺そうとしていたあの目。アレは、私じゃない」
「しかしお前だ」
「……このまま死んだら、私は自身の存在があの目に全て集約されてしまう気がするのです。私は80年をかけて冷たい目を作っただけ……そんな気持ちを抱えたまま死ぬ……そんな気持ち悪さがあります」
「クックックッ。それに気づいたか……俺はお前に肉体を与えることもできるが、どうしたい?」
「あなたは契約に従う魔族です。あなたは私から……一体何を奪うつもりですか?」
「お前は今後、冷たい目を見ることはない。それだけだ」
「……」
「不服か?」
「都合がいいな、と思っただけです」
「対等な取引だ。問題はない」
それを聞いてシーラはこくりと頷いた。
寝所に案内され寝巻きを渡されたシーラは、蔑んだ目でグリムを見た。
「私これからどうなるんです?」
「契約だ。一晩寝ていけ」
「寝るだけでいいんだ……」
「がっかりしたか?」
「安直です。変な夢とか見ませんよね?」
「お前次第としか言えん」
「酷いですね」
「魔王だからな。ともかく楽にするといい。常に沸いている浴場があるから好きなタイミングで入れ。飯を出したいがコックはお前が殺した。他に質問はあるか?」
「ありません」
「朝にまた会おう」
魔王はそう言って部屋を出て行った。することもないので、言われた通り浴場に行って、それからベッドに入った。最初は寝れないと思ったが、いつのまにか寝ていて、気づいたら朝になっていた。
「……」
他人の家で目を覚ましたのはいつ以来だろうか。ベッドから身を起こしたシーラは、ぼんやりとしながら頭が切り替わるのを待った。古い記憶を温め、大切なものを一つ一つ確かめる。しかし、なかなか昨日までの自分と繋がらない。代わりに、朝の空気と部屋の内装に心が留まった。昨日までは見えなかった感情の輪を見つけて、不思議に世界の解釈が広がる。
ふと、ベッドの隣の丸テーブルの上に、昨日まではなかったものを見つけた気がした。縁が褐色のメガネ。オパールの髪留め。そして一枚の書き置きである。そこには「角や尻尾が生えて欲しくなかったら、誰かと会う時はこれを身につけろ。年相応に見える」とあった。
慌てて鏡の前に立ち、深い藍の混ざった自分の黒髪をシーラはまさぐった。
「生えては……ない」
尻尾も生えていないか確かめて、シーラはどっと疲れたように息を吐いた。
「何やってるんだ私は」
自分にあきれて気持ちを切り替えることにしたシーラは、さっと基本的な身なりを整え、最後に鏡台に残った眼鏡と髪留めを交互に見た。
「書き置きの年相応ってどういう意味で言ってるんだろう。つけて行ったほうがいいかな」
迷った末、結局髪留めだけ結ぶことに決めた。
開けっぱなしの玉座の間には魔王の日常があった。
「眠れたか?」
「それなりには眠れました」
「それなりか。何か言いたいことでもあるのか」
「……」
「いいぞ。言ってみろ」
「……私、何歳に見えますか?」
「うい奴に見えるぞ」
「……」
「礼には及ばん」
「なんの礼ですか!」
「色々だ」
「納得できません!」
「感情が安定してきたな」
「〜〜っっ」
ゆったりと時間が流れている。いつなんどきも変わらない日常の空気。それを吸い込めば誰でもすぐに思い出せることがある。それはこの世界の始まりから続く、魔法の理である。
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