二人の季節
クロノヒョウ
第1話
「今日は寒いからお鍋にしようか」
「お鍋? ああ、あれがいいな。白菜と豚肉の」
「ミルフィーユ鍋?」
「そう! あれポン酢で食べるのうまいよな」
「うん、おいしい」
日曜日、彼とスーパーでそう話しながらお買い物をしていた。
冬になるとお鍋が食べたくなるのは何故だろう。
寒くなって冷えた体を暖めてくれるから?
買い物を終え二人で住むアパートに帰り二人それぞれの時間を過ごす。
彼はスマホでゲームでもやっているのか、それが飽きるとお昼寝をしたり。
私もちょっとだけネットの世界で波に乗り、あとは本を読む。
なんだか休日らしい休日。
夕方になると私はお鍋の準備にとりかかる。
と言っても今日は白菜を切るだけ。
鍋に白菜と豚肉を交互に並べれば見た目も綺麗なミルフィーユ鍋の出来上がりだ。
彼が起きてきたらお出汁を入れて火を付ければいい。
陽が落ちて急に家の中が寒くなったと感じた私は暖房のスイッチを入れた。
もう本当に冬が始まったんだな。
そう思うとなんだか不思議な感じがした。
冬なのに私の心は暖かい。
春はお別れの季節というように卒業や旅立ちなどでたくさんの涙を流してきた。
確かに新年度が始まるし新たな何かにワクワクする季節でもあるけれど、どこか春は寂しいと感じるのは私だけだろうか。
夏になると何故かみんな元気になる気がする。
熱さゆえの解放感なのか夏に何かを求めているのか。
ただそんな夏は危険もたくさん連れてきて、ひと夏の経験で涙することもたくさんあった。
そしてあっという間に秋がくる。
涼しくなってきたと喜ぶのもつかの間、哀愁という言葉のよく似合う季節。
一人で過ごす秋の夜長のなんとも言えない寂しさ。
もう一年が終わってしまうのかと焦らされる。
そして心も体も寒くなって寂しくなって何故か泣けてくる。
「ふふ」
思わず笑ってしまった。
考えてみると私の今まではなんて寂しかったのだろうか。
流れてゆく季節をただ眺めていただけのような気がした。
流れが早くてそれについていこうとしていなかった。
ちゃんと一緒に走っていればもっと季節を楽しめていたかもしれない。
泣いてばかりではなくたくさん笑えたかもしれない。
「あぁ……寝てた……」
彼が起きてきた。
「うん、よく寝てたね。お腹は?」
「腹減ったぁ」
「あは」
テーブルにコンロとお鍋をセットして火をつける。
準備が整って冷たい缶ビールで乾杯する。
「お疲れ様ぁ」
「お疲れ。何もしてないけど」
彼はいつもこう言う。
何もしてないけど一緒に居てくれてるじゃん。
私はいつもそう思う。
「いただきます」
「いただきます」
二人で少しくたっとなった白菜と豚肉をポン酢に付けて口に運ぶ。
「やっぱこれ最高だな」
「うん」
一気に体が暖まる。
おいしそうに食べる彼を見て心も暖まる。
冬なのに私の心が暖かい理由がわかった気がした。
それはあなたが居てくれるからだ。
一人じゃない。
誰かがそばに居てくれることが私の心を暖めている。
二人なら季節の流れと一緒に走っていけるかもしれない。
もっと季節を楽しめるかもしれない。
もう泣かないでいられるかもしれない。
「そういえば正月さ」
「何?」
彼が箸を止めてあらたまった。
「俺の実家に一緒に帰ろう」
「えっ?」
「だから、その、俺の親に会ってほしいから」
「ご両親に?」
「うん」
「それって……」
「俺と、結婚してください」
「えっ」
頭が混乱した瞬間、私の目から涙が勝手に流れ出していた。
「はは、返事は?」
「……はい!」
今さっきもう泣かないって思ったばかりなのに、私は今までにないほどの大粒の涙を流していた。
「そんな泣くなよ。ははっ、嬉しいけどさ」
彼が私の隣にきて肩を抱いてくれる。
「はい、これ」
どこに隠し持っていたのか彼が私の手を取り指輪をはめた。
それを見てますます涙が溢れる私は彼の胸に顔をうずめた。
「まいったな。俺涙に弱いんだよ」
「……ごめん……ありがとう」
「ははっ、どっちだよ」
「ふふっ」
「まあいいや。今のうちに涙は枯らしててよ。これからは俺がもう絶対に泣かせないからさ」
「あはっ」
「ははっ」
二人で照れ笑いしていた。
一人じゃない。
それがどんなに幸せなことか。
これからあなたと走る泣かない季節。
これからあなたとたくさん笑う季節にしよう。
春も夏も秋も冬も、きっと笑顔が似合うだろうから。
完
二人の季節 クロノヒョウ @kurono-hyo
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