第9話 ジュエリーブルダンに来た陽斗

 ジュエリーブルダンは駅前に建つ大きな老舗の宝石店だ。店員を募集している様子はなかったけれど、いちかばちかで、こちらのオーナー店長に面接を申し出た。


「ぜひ、こちらで働きたいのです。私は太田宝石店の妻です」


 太田宝石店の妻、という言葉に反応して、特別に面接していただけることになった。まず聞かれたのが、なぜここで働きたいのかという理由だった。想定内の質問に夫の浮気で離婚するので、と端的に答えた。


 目を丸くしたオーナー店長が夫人も呼び、親身になって話を聞いてくださった。夫人のほうは、私の身の上話に同情したようで、オーナー店長に採用してあげるように口添えをしてくださった。オーナー店長のほうは、私の経歴と持参した顧客ノートを見て、深く頭を下げながら満面の笑みでおっしゃった。


「ジュエリーブルダンにようこそおいでくださいました。こちらが働いてほしいとお願いしたいくらいです。よろしくお願いします。すぐに雇用契約書を用意しますので。給料の面についても話し合いましょう」


 私の予想通りに面接はうまくいった。お給料の面でも優遇され、基本給プラス歩合制で、私ならかなりの高給取りになると太鼓判を押された。それから、日頃から親しくさせていただいているお客様に片っ端から電話をした。ここからが私の復讐の始まりだ。


「いつもお世話になっております。太田宝石店のあかねです。実はご報告したいことがありまして、このたび私はジュエリーブルダンで働くことになりました」


「え? えぇーー! いったい、どういうことなの? 詳しくお話を聞かせてちょうだい」


「はい、話せばとても長くなることなのですが、できればお会いしてお話させていただけると嬉しいです。木曜日休みでジュエリーブルダンには10時から17時まで勤務しておりまして・・・・・・」


「了解ですわ。それではあかねさんはもう太田宝石店にはいないということなのね? つまり、あの旦那様となにかあったということで良いのかしら? もう二度と戻ることはないのね?」


「はい。夫は私より私の親友の女性のほうが好きなようです」


「あかねさんの親友ですって? つまり夫に裏切られたという理解であっているかしら?」


「その通りです」


 電話の向こうのお得意様たちは皆女性で、誰ひとりとして夫に味方をする方はいなかった。それはそうだろう。お得意様方はそれぞれ家庭があり、そこでは妻であり母なのだから、倫理観に欠ける行いをする者たちを擁護する者はいない。かくして、私のいるジュエリーブルダンには、続々と太田宝石店のお得意様が来店して来るのだった。





 今日は広瀬社長が太田宝石店に依頼していた作成途中の物まで持参して、ジュエリーブルダンで加工してほしいと依頼しに来てくださった。ジュエリーブルダンではブランド物の宝石なども扱えるように提携を組んでおり、多彩なラインナップも喜ばれた。広瀬社長は早速、お孫さんや娘さんにプレゼントしたいとおっしゃり、いくつかお買い上げいただいた。


 ジュエリーブルダンには展示室を囲むように、商談用の応接間が三カ所も設けられていた。その応接間で広瀬社長と和やかに談笑していると、招かざる客が来店した。それは陽斗で、広瀬社長は呆れたように大きな声で声をかけた。


「よくもあかねさんの前に姿を現せたこと。いったいどんな要件でライバル店に足を踏み入れたのでしょう」


 広瀬社長の言葉を受けて気まずそうにこちらに向かってくる陽斗は、柄にもなく愛想笑いを浮かべていた。


「なんというか、そのぉ・・・・・・。ちょっとした誤解でして。さぁ、あかね。いつまでも拗ねていないで、家に帰ろう。あかねがいないと、なにもかもがお手上げなんだよ。樹理さんが勝手に美優ちゃんに着せたワンピースはちゃんと洗って返させるから機嫌を直してくれよ」


「もうそんなことはどうでも良くなりました。あなたとは離婚します。バレていないとでも思った? 樹理との浮気の証拠は私が持っています。慰謝料を請求しますから覚悟しておくことね」


「なるほどね。証拠もあるなら家庭裁判所に申し立てればすぐに決着がつきそうですね。もし揉めるようなら私の知り合いの離婚に強い弁護士を紹介しますよ。妻の内助の功を無視して、妻の親友とそんなことになるなん女の敵だと思います」


「本当に女の敵ですね。その親友の女性も含めてね」


 オーナー店長の夫人も店の奥から出てきて、広瀬社長に加勢した。店内には他にもお客様がいたのだけれど、宝石店なので女性の方ばかりだった。皆さんは私のほうを同情の眼差しで見ており、夫のほうには冷たい視線を向けていた。そのなかには太田宝石店の近所の主婦の方々もいて、きっと数日もすればこの噂は瞬く間に広まるだろう。


 私とお人好しの賢星さんを裏切った樹理と陽斗はお似合いだ。二人で、いいえ、姑や空気だった舅も含めて、皆でゆっくりと地獄に墜ちれば良い。


 



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※次回は陽斗視点でざまぁ回になります。更新が遅くなり申し訳ありませんでした。


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