第2話 図々しい親友

「樹理さん。ここを使いなさいよ。ずっと空き部屋になっていたのよ。ちょうど良かったわ」


 姑が案内したのは私達夫婦の寝室の隣だ。そこは子供部屋として準備していた部屋で、私が幼い頃のワンピースなども大切に保管している場所でもあった。樹理は部屋をキョロキョロと見回し備え付けの引き出しを見つけると、私に聞きもしないで勝手に中を確認する。そして、そこに詰まった服を見て満面の笑みを浮かべた。


「可愛いワンピースがいっぱいだわね。美優や瑠奈にぴったりのサイズもあるわ。あかね、貸して!」

「それは母の手作りのワンピースだから悪いけど貸せないわ。思い出がたくさん詰まった大切なものなの。私が娘を産んだ時に着せてあげたいのよ」

「酷い。意地悪なのね。急いでいたから、着替えを持たずに来てしまったのよ。美優の服だって今着ているものしかないわ。一枚ぐらいちょうだいよ」


 さっきまで『貸して』と言っていたはずが、今は『ちょうだい』になっていた。大きな瞳に涙を浮かべて恨みがましく私を見る。


「あかねさん。自分が子供を産めないからって、樹理さんに嫉妬するのは見苦しいですよ。減るものじゃないし快く貸してあげなさい。こんなもの、古い流行遅れのワンピースじゃないの」

「あかね、君の狭い心を残念に思うよ。困っている人を助けてあげようという気持ちはないのかい?」


 姑と陽斗は私を責め、樹理はそれを黙って見ていた。その瞳はこの状況を楽しんでいるかのように輝いている。樹理は何を考えているのだろう。私達は親友じゃないの?



 ☆彡 ★彡



 いつも食事は私が料理をすることになっていた。今日のディナーは樹理が増えたのでメインディッシュが足りない。ステーキ肉はちょうど四人分しか買っていないし、付け合わせの野菜も余ってはいない。とりあえず四人分の肉を焼いて切り分け、五枚のお皿に盛り付けたら、姑が思いがけないことを言う。


「あら、四人分の肉を五人で分けるなんて貧乏くさい。樹理さんはお客様なのよ? お客様にそんなみっともないことをしないでちょうだい。お昼に食べたサンドイッチがまだ残っていたでしょう? あれをあかねさんが食べれば良いのよ」

「そんなことダメですよぉ。急に押しかけてきた私が悪いのですから、お昼の残飯を私が食べるのは当たり前です」


 樹理は姑にそう言いながらも、悲しそうに唇を震わせた。途端に私は居心地の悪さを感じる。まるで、私がとても意地悪な人間になった気がしたのよ。姑は私を睨み付けているし、陽斗は同情の眼差しで樹理を見つめている。舅は相変わらず空気で、なにも言わない。


「サンドイッチは私が食べるから、樹理は私のお肉を食べて。美優ちゃんにはオムレツでも作るからちょっと待っていて」

「あたち、ハンバーグがいいな。オムレツはあさにたべたもん」

「そうよねぇーー。覚えていて偉いわね! ハンバーグが良いわよね。付け合わせのポテトはマッシュポテトにしてくれれば瑠奈も食べられるわ。これから少しづつ、離乳食を始めようと思っていたの」


 樹理が顔をほころばせながら、美優と瑠奈を優しく撫でる。


「あぁ、そういえば冷蔵庫に挽肉があったわね? 今から作ってあげなさいよ。ハンバーグなんて簡単だものね。美優ちゃん、あのおばちゃんが今すぐに作ってくれますからね。大人しく待っていましょうね」


 姑も美優の頭を撫で上機嫌だった。


「ありがとう、あかね。持つべき者は親友よね。美優はね、ハンバーグの上にチーズがのっているのが好きだから、チーズもお願いね!」


 樹理は私のステーキを迷いもなく口に入れると、可愛らしい笑顔を私に向けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る