好奇心は竜をも殺す

白銀スーニャ

第1話

 この為だけに長いこと準備を重ねてきた。

 洞窟の奥で眠る竜に対して目覚まし代わりの魔法を叩き込む。

 単純な駆除が目的ならば辺り一帯に跡形も残さないような最大火力を叩き込めるのだが、討伐証明用の部位がほしいとなるとそうは行かない。

 なるべく強く、それでいて原型を留めたままにするよう手加減した魔法では竜の目覚ましにはなっても致命傷にはなり得ないようだった。

 眠りを邪魔されたことに激昂した竜が大きく吼える。

 洞窟全体を震わせる大音量に凡人であれば戦意を喪失しただろう。

 しかし、来ると分かっていてあらかじめ対処しておけば、むしろ攻撃を畳み掛けるチャンスだ。

 悠長に吼える竜に続けて魔法を叩き込む。

 相手が戦闘体制に入ったら決して深追いせず、洞窟の出口に向けて退却しながら牽制用の魔法を何発か。

 洞窟を脱し竜が自由に動き回れるようになった時点で、私は迷うことなく近場の街への転移魔法を発動した。


 突然現れた不躾な襲撃者がいなくなった事を確認すると竜は不機嫌そうに洞窟へ戻り、中断させられた眠りを再開することにした。

 どうして現地にいないはずの私が竜の様子を確認できるのかって?

 当然、拠点にしている街の宿から遠見の魔法を使っているからにならない。

 竜の行動に変化がないことを確認してから、私は悠々と宿で湯浴みをし食事を取り、ぐっすりと眠ることにした。

 そして翌朝、しっかり体調を整えた私は再び眠っている竜に奇襲を仕掛けるのだ。

 奇襲を仕掛け適当なところで撤退して十分な休息を取る。

 そんなルーチンを一週間ほど繰り返した頃、竜がついにしびれを切らした。

 いつものように転移魔法で私が撤退した後に近くの街に攻め入ったらしい。

 らしいというのは人づてに聞いた話で、私の拠点にしている街とは別の街に侵攻したようなのだ。

 転移魔法の行き先にブラフを仕込んでおいたのが功を奏した。

 腹いせに暴れる竜と防衛に勤しむ街の人々が争っている間、私は馴染みの喫茶店で優雅にコーヒーを嗜んでいた、季節のデザートも付けて。

 特にこのコーヒーという飲み物、なかなかに興味深い。

 もともと私の故郷、エルフの集落で精力剤の材料として使われている赤い実を煎ったり挽いたりして出来上がる飲み物だそうだ。

 あの赤い実が黒々とした液体になるとは思いもよらなかった。

 そして予想外に私好みの風味だったりするのがなんとも奇妙な感覚だ。

 よその街の人々の奮闘に期待しながら、私はゆったりとした時間を過ごした。


 翌朝、いつもより少し早めに起きた私は所属しているギルドで昨日竜に襲われた街の情報を収集してから、いつものように眠りこけている竜に奇襲を仕掛けた。

 毎日毎日寝込みを襲われる竜に学習能力はないのかと思いがちだが、空飛ぶトカゲと馬鹿にされる容姿からは想像できないが竜というのは頭が良い。

 だがそれ以上に長命種特有の睡眠時間の長さがある。

 竜もそうだし吸血鬼もそう……あれを生物として分類すべきなのかはちょっと迷うけれど、かくいうエルフの私だってそうだ。

 日に12時間は絶対に寝る、なにがなんでもだ。

 そんな大事な睡眠を邪魔され続け初日に比べて明らかに精彩を欠いた動きの竜を見るにそろそろ決着がつく頃合いかもしれない。

 だがしかし、決着を急いで焦る必要はない。

 気長に、気長に。

 粘着質な嫌がらせにも思える攻め手こそが格上の相手と対峙する上での有意な手段なのだから。

 この日は少しだけ忙しかった。

 なにしろ、いつもの様に奇襲を仕掛けた後で先日竜に襲われていた街に薬を売りに行っていたからだ。

 私?本業は薬師よ、冒険者や狩人じゃない。

 自慢じゃないけれどエルフの薬というのはよく売れる。

 街で作れるような人間の薬とは効果が段違いだ、なにしろ素材がいいからね。

 近頃耳にする噂に我々の仮装をして薬の販売をする店があるとか、流石に看過出来ないのでひと段落ついたらお灸を据えに行こうと思う。


 それからしばらくしたある日、ついに竜との決着がついた。

 しばらくっていうのは……しばらくよ、一ヶ月はかかってないと思うわ、たぶんだけど。

 人間の暦ってごちゃごちゃしてて分かりづらいのよね。

 日が登って落ちる。これで一日、これぐらいは分かるわ。

 これを7回繰り返すと一週間ってやつなのよね?30回で一ヶ月って言うんだっけ?

 え、31回の時もあるの?なんで?人間ってよく分からないわ。

 もっとこう……芽が出る頃とか、風が強い頃とか、花が咲く頃とか、実がなる頃とか、葉が落ちる頃とか、雪が降る頃とか、そういうの色々あるでしょう?

 ああ、人間ってほんとによく分からないわ。

 ……ごめんなさい、話がズレました。

 竜との決着が付いた所だったわね、連日の連戦で明らかにフラつき出した竜が自分の爪で自分の尻尾を切り落としたの、バッサリとね。痛そうだったわ。

 私としてはアレだけ大きい肉塊が取れれば十分、隙を見て尻尾ごと街に転移したわ。

 薬を作るのに竜の血とか爪とか牙とかも欲しいと言えば欲しいのだけれど、今回の目的はなんと言っても肉。

 竜の肉が美味しいって噂話を聞いてね、一度食べてみたかったの。

 エルフが肉を食っていいのかって?

 良いに決まってるじゃない。

 果物と野菜しか食べない変わり者もいたけど、だいたい100年も経たずに死んでいった。

 自分の体が何で出来ているか考えたことない馬鹿なんじゃないの?


 馴染みの料理屋に竜の尻尾を預けてしばらく待っていると、厨房から渋い顔をした店主が出てきた。

「出来る限り手は尽くしてみたが……まあ食ってみろ」

 どうやらあまり期待できる味ではないらしい。

 小さく切り分けた肉を恐る恐る口に運んで、噛む。

 香ばしい、私は何を考えているんだろうか焼けば香ばしいに決まっているじゃないか。

 噛む

 噛む

 さらに噛む。

 おかしい、一向に肉の形が崩れる様子がない。

 干物を噛みしめるときのようにしばらく格闘した後、一度は口に含んだはずの肉を吐き出した。

 恐ろしいことに口に含む前と原型がさして変わっていない。

「……まずい」

「だろう?」

 長い営みの中でも滅多に述べることのない出来れば口に出したくない感想を言葉にすると店主はそれに同意する。

 こうして報酬と呼べるほどの収穫もなく私の冒険は終わりを告げた。


 人づてに聞いた話だけれど、それからしばらくして件の竜は死んだらしい。

 さて、美味と噂される竜の心臓でも食べに行こうか。

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好奇心は竜をも殺す 白銀スーニャ @sunya_ag2s

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