朔太くんはネコの言いなり

四志・零御・フォーファウンド

第1話 秘密の屋上


 狗山いぬやま朔太さくたは、昼休み特有の活気あふれる廊下を抜け、屋上までの階段を重い足取りで上がっていく。途中で、購買帰りと思われる男子生徒とすれ違った。


「なぁ、あの東堂とうどうアリサが登校してるらしいけど見た?」


「オレ、同じクラスだから何回も見てるさ」


「うっわマジかよ!? 羨ましいぜ……。画面越しじゃなくて、リアルなこの目で確かめてみてェ……」


「子役時代の東堂アリサも良かったが、女優としての地位を確立した、いまの東堂アリサは一味違えぜ」


「そうか? 俺は断然、子役時代派だけどな。あの幼いながらも大人びた顔立ちでののしられてえ人生だった。特にバナナの惑星無印の……」


「発想キモッ! ロリコン野郎悪霊退散!」


 男子高校生の日常的会話を聞き流し、足を動かしていく。だが、最上階へと続く踊り場で一度足が止まる。


 「生徒の立ち入り禁止」と書かれたA4サイズの紙とビニール紐で道が閉ざされていた。


 朔太は後ろを振り返り、誰もいないことを確認すると、ビニール紐を乗り越えて先に進んだ。


 鍵のかかった扉は、上方向に力を入れながら押すと開いてしまう欠陥仕様。だが、その事実を知る者はほんの一握りだけ。


 ギギィ……、と錆びた音がして扉が開く。冷えた2月の風が流れ込んで来た。身体をブルっと震わせ、白い息を吐きながら曇天の空の下に出る。


 敷地内の外を見渡す様に設置された、古びた木製のベンチ。そこにブラウンのダッフルコートを着込んだ女子生徒が座っていた。


 ピンクのプラスチックケースに入ったスマホを操作している彼女は、朔太の存在に気が付くと、あでやかな長い黒髪を揺らして、握ったスマホを朔太に向けて小さく振った。


 彼女こそ、学園の生徒を男女関係なく魅了する、東堂とうどうアリサ本人だ。


 朔太がアリサの隣に座ると、手に持っていたスマホをコートのポケットにしまった。


「あ~ぁ。すっかり冷えちゃった。早く春になって欲しいものだねえ」


 そう言って遠回しに朔太の遅れを指摘すると、アリサは身体を震わせ着崩れたコートを直した。


 2人がわざわざ真冬の屋上で待ち合わせるのには理由があった。それは彼女の知名度によるもの。


 東堂とうどうアリサは有名人であり芸能人——国民的知名度を誇る大女優だ。気安く話しかけるのも難しい存在。まして、朔太のような年下の男子が話かけようものなら、ファンを名乗る男連中が集団で襲い掛かって来て、ボコボコにされることは間違いない。


 アリサは子役時代、社会現象を巻き起こしたドラマ『風』のヒロインの幼少期役としてブレイク。それ以降、高校生となった現在まで、ドラマだけでなくバラエティなど数多くの番組に出演している。


 最近は大学受験のために仕事をセーブしているとのこと。それでもテレビで見ない日はないぐらい、超売れっ子な芸能人だ。


「いやぁ、遅くなってすみません。廊下でやけに人だかりが出来ていたので、遠回りしてきたんです」


「人だかり……。フフッ、私のせいとでも言いたいの? たしかに、私を見ようと学年男女問わず教室に来ているけどさ」


 てっきり怒られるものだと思ったが、今日は機嫌が良いらしい。朔太はすかさずアリサを調子づかせる。


「憧れの女性芸能人ランキング1位の東堂アリサ様が同じ学校にいたら、僕も拝みに行きたいですよ」


 撮影のためにいたりいなかったり、いたと思ったら早退したり。神出鬼没な彼女。同じ学校に通っている生徒でも同じクラスでなければ、目撃するのは難しいだろう。


「朔太になら何度でも見せてあげてるわよ? 演技パフォーマンスじゃない私の自然体プレーン——いや、ヌードだったかしら?」


 アリサが拳一個分、朔太の側に寄り、いたずらっぽく顔を覗き込んで来た。魅惑的な瞳に見つめられ思わず顔を背ける。


「そ、そんなことより、どうして僕よりも早く屋上に来れているんです? 授業が終わってすぐ、ファンというかクラスの人たちに机を囲まれそうなものですけど」


 恥ずかしさを紛らわすために話題を振った。そんなことアリサには見透かされているだろうが、意外と素直に答えてくれた。


「いつもマスコミに追われている身なのよ? 目にも止まらぬ速さで移動したまで。大天才女優様を舐めるんじゃないわ」


「自分で大天才とか言いますか」


「そりゃあ自信家じゃなきゃ、芸能界なんて生きていけないでしょう?」


「はいはいそうでしたね。そうだ、聞いてくださいよ。アリサが好きそうな話があるんです」


「ふーん。普段から芸能界の魑魅魍魎おしゃべりモンスターたちの話を聞いている私が好きそうな話か。ふーーーん。気になるねぇ」


「……期待しないで聞いてください。今朝のことです。近所の公園を通りがかった時、木に登って降りれなくなっている女子高生がいるって、野良ネコに教えて貰ったんです」


「………………」


「………………」


 長い沈黙の後、アリサは白い息をふぅーっと吐いてようやく口を開いた。


「……私の聞き間違いじゃなきゃ、少女が木から降りれなくなったと聞こえたんですけど?」


「間違いじゃないです」


 きっぱり言い放つと、アリサはふっと笑って鞄を開ける。


「……フフッ、面白そうな話ね。じゃ、私の手作り愛妻弁当でも食べながら話してくれる?」


 そう言って、アリサは2つの弁当箱を取り出した。


「おお、嬉しいです! ではまず、僕が妹のキスで目覚めるところから話しますね?」


「………………は?」


 アリサは鬼の形相で朔太を睨むと、弁当箱を引っ込めた。





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