第43話 怖気づきました
「で? 婚約式をしたけどセイシスの溺愛と過保護が加速してどうすればいいかわからない、と? んー、とりあえずそういう相談をするための場所じゃないんですよね、ここ」
ここはラブリエラ王国の花街。
いわゆる娼館街だ。
その一番豪華で一番大きな建物が、レイゼルが所属する高級男娼館プリエール。
貴族女性御用達のこの場所に、私はセイシスの目をかいくぐってお忍びでやってきたというわけだ。
バレたら殺られる……。
でも恋愛について相談できるのはレイゼルしかいないのだから仕方がない。
「お願いっ!! レイゼルだけが頼りなの!! 私はどうしたら生き残ることができるの!? 教えてレイゼル先生!!」
「先生させてくれなかった人がよく言いますね……。そんなの、溺愛と過保護を全身で受け止めてしっかり愛されちゃったら良いんですよ」
「溶けるわ!!」
「溶けちゃえばいいんですってば!!」
婚約者と言う立場になっても、護衛騎士としての立場は変わらないセイシスは、相変わらずいつももれなく私の傍にいる。
が、婚約者になってから距離が近いのだ。
しかも時々ものすごく甘い言葉を吐いてくるし、口説いてくるし。
一回目の人生、いろんな人に愛の言葉をささやかれてきたし、甘い言葉で快楽を求めたけれど、セイシスからのそんな言葉はなかった。
ただただ彼は幼馴染として、護衛騎士として傍にいたし、それ以上でも以下でもなかった。
そんなセイシスからの砂糖吐きそうなくらいの溺愛に、もはや私は原形をとどめるのが難しくなってきたのだ。
「早く何とかしないと、締まりのない顔になっちゃうわ……!! 溶かされてる場合じゃないのよ!! 私は一応この国の王女なんだから……!!」
「はいはい。とりあえず王女様? お迎え来たから帰りましょうねー」
は?
おむ、かえ……?
レイゼルの視線の先、私の背後へとぐるりと視線を向けると──。
「探したぞトンデモ姫」
「げっ……」
魔王のような邪悪な笑顔を浮かべて私を見下ろすセイシスの姿が……。
「せ、せせ、セイシス!? ど、どうしたのそんな怖い顔して」
「わからないか? 迎えに行ったら部屋はもぬけの殻。城中探してもいないし陛下と王妃様に確認をとってもお二人とも何も聞いていないという事態。おまけに唯一の心当たりとして来てみた場所は男娼館で、婚約者は男娼と二人きり。理由としては十分かと思うが?」
正論でしかない……!!
確かに婚約者がいる身で男娼館を訪ねるだなんて、やましいことがなくともあまり良いことではなかった。
特に私は王女だ。しかも、あまり本気にされていないとはいえ、モテすぎてすでに男遊びをしているかのような噂まであるいわくつきの。
行動には慎重になるべきだったわ。
私はセイシスに向き直ると「ごめんなさい」と頭を下げた。
「王女としての自覚が足りなかったわ。軽率な行動は慎まないといけなかったのに」
「んー……あんま伝わってないな」
「仕方ないですよ、リザ王女ですから」
ん? なんだかけなされてる?
しかもレイゼルまでセイシスと同じように残念な子を見るように私を見ているのは何故?
「まぁいい。とにかく帰るぞ。レイゼル、邪魔をしたな」
「いーえ。またいつでも。お客さんと来てくれても──」
「そんな日は来ない」
「ふふ。残念。リザ王女、頑張ってくださいね」
「へ⁉ ちょ、レイゼル!?」
こうしてレイゼルに見捨てられた私は、セイシスにマントをすっぽりと頭からかぶせられ、荷物のように担がれると、そのまま馬車に乗せられ強制帰宅させられるのだった。
***
「っぷはぁっ!! 苦しかったぁっ!!」
「仕方ないだろう? 誰かに顔を見られでもしたら、悪評がつくんだから」
「むぅ」
マントを取ってもらえたのは自分の部屋に戻ってからだった。
馬車の中でもマントにくるまれ膝の上に抱きかかえられた状態だった私は、解放された身体を後ろにそらしてガチガチになった背骨を伸ばす。
「んで? なんで男娼館なんかに朝っぱらから行っていたんだ? リザ王女殿下?」
「うっ……」
迫る顔の圧が強い。
やましいことがあるわけでもないのに、まるでやましいことを咎められているかのように感じるのだから不思議だ。
これは逃げられない。
そう感じ取った私は、一度大きく深呼吸をしてから覚悟を決めた。
「……セイシスのことで、相談に乗ってもらおうと思って……」
「…………は? 俺のことで?」
眉を顰めて首をかしげるセイシスに、私は小さくうなずいた。
「セイシスと婚約したら、急にセイシスを意識してしまう自分がいて……。そんなのもお構いなしにセイシスは何か距離を詰めてくるし……。その……恥ずかしさとかいろいろ限界突破しちゃって……」
私を悩ませている本人に面と向かってこの説明をしている今のこの状況も、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。
好きだという思いは一回目に気づいてからだから長いけれど、思いが通じ合うという展開は今回が初めて。
幼い頃からいつも一緒にいたセイシスとの関係が婚約者という未知の関係になって、きっと私が追い付いていないのだ、いろいろと。
「そっか……。確かに、一気に関係を変えるっていうのは難しいだろうな。俺たちは物心ついた時には一緒にいたし、リザは元々不器用だしな」
「うっ……せ、セイシスは慣れすぎなのよ!!」
口へのキスは結婚するまではお預けだとか言いながらも、寝る前には必ずおでこにキスしていくし!!
やたら頭撫でたり抱きしめてくるし!!
「私は(今は)セイシスみたいに経験豊富じゃないのっ!!」
私の叫びにセイシスはきょとんとした顔で私を見てから、ぷふっと噴き出した。
「お前、俺が前に言ったこと覚えてないな?」
「へ?」
「『今は大きな子どものお守りで手いっぱいで、結婚とか考える余裕ない』って。それに、お前以外を好きだなんて考えたこともないし。俺もお前と同じだよ。恋愛初心者なのは」
そしてセイシスは、その長い腕で私をすっぽりと包み込んだ。
「!?」
「それに俺はこうも言ったはずだぞ? 『たった一人を愛し続ける陛下みたいな男になりたい』ってな」
「ぁ……」
側妃を進められてもただ一人、母だけを愛し続ける父。
仲が悪くないとはいえ両親ともに別にパートナーがいるセイシスは、父のような男になりたいと言っていた。
その相手が私ならばいいな。
今なら、そう思う。
「ゆっくりでいいんだよ、お互いに。俺もゆっくり距離詰めるから、お前もゆっくり慣れていけ。そうして一番いい距離を、二人で作り上げていこう」
「セイシス……。って……どこがゆっくり距離詰めてる!?」
むしろセイシスは最初からハイスピードだと思うんだけど!?
「はっはっはっはっ。まだまだこれからだって。今の状態でへばってたら結婚までには抜け殻になるぞ?」
「ほ、ほどほどにして……」
じゃないと本気で3回目に期待することになるから。
「ははっ。まぁ、そういうことだから。何かあったらちゃんと言って? 突然いなくなるんじゃなくて」
「うっ……わ、わかったわよ」
もう凶悪な顔をしたセイシスに拉致されたくないし。
「愛してるよ、リザ。溶けてなくなるまで、俺が愛してやるから」
「溶かすなって言ってんでしょ!?」
私の護衛騎士兼婚約者は、思いのほか愛情深い人のようです。
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