第42話 結婚式までのお預け
「ではリザ王女。いろいろと、本当にありがとうございました……!!」
「いいえ。いい方向に話が向かってよかったです」
大きな船が目の前でキラキラと朝日が光る水面に揺れている。
これからこの船は海を渡り、時間をかけて暖かく色鮮やかなフローリアン王国へと向かう。
フロウ王子とルビウスを乗せて。
あの波乱に満ちた私の誕生日からしばらく、ラブリエラ王国での裁判が続いた。
その間ずっと、フロウ王子はルビウスに付き添い、裁判の行方を見守っていた。
本来ならば他国の国王の暗殺未遂だけでも極刑──処刑は免れないところだったけれど、当事者である父の言葉でそれは免れた。
「庭のデザインは確かにフロウ王子にしていただいたものだが、花は全て私が指定してフローリアン側に頼んだ花である。それを私が不注意にも素手で根に触れてしまっていたのだ」と。
もちろんこれには私も便乗して、
「図書室の梯子は、最近ご飯とおやつを食べすぎて私の体重が少し増えてしまったから、耐荷重的な問題で折れたのよ。媚薬の件も、元々晩餐で用意していた花と、たまたまフロウ王子が用意してくださった花が相乗効果で媚薬効果をもたらして、ただただ不運が重なっただけだわ」
と苦しい言い訳をした。
実際大事には至っていないのだから、実害がなければ必要以上に責める必要はないもの。
これによりルビウスはラブリエラ王国で処刑するという判決はなくなり、ルビウスの措置は今後のラブリエラ入国を禁止するというものにとどまった。
もちろん、今回の事件についてフローリアン王国には本当のことを伝えている。
カイン王子やサフィールが見つけてくれた証拠と共に。
あちらにとってもルビウスは大切な存在。
王太子殿下にとっては幼馴染でもある。
フロウ王子からも兄のような存在を取り上げることはしたくはない。
だから私は取引きをした。
今は最小限にしか開かれていないラブリエラ王国との国交を完全に開くということを求める、と。
いずれ来るであろう飢饉の不安を払拭するため、こちらはフローリアンの花から開発した飢饉用の栄養薬や食料を提供する。
代わりにフローリアンはその研究に協力し、国と国の交流を積極的に深める努力をする。
ラブリエラ王国に今回のことで借りができたフローリアンは、限られた国であればとラブリエラ以外にも一部開国をすることを決めた。
これからルビウスはフロウ王子と共にフローリアンの地へ帰り、沙汰を待つ。
先日ラブリエラを訪ねたフローリアンの王太子──フロウ王子のお兄様によれば、大国ラブリエラでの寛容な判決のおかげで、フローリアンでも処刑は免れるだろうということだった。
彼にはフローリアンで、ラブリエラで行われているような人を助けるための研究に従事させるつもりだと話していた。
そしてルビウスの行動は自分たちにも原因があるとして、国王と相談の後、徐々に全国に向けて国を開いていくとのことだった。
これからフローリアンは変わっていく。
きっと良い方向に。
1回目は自分たちの立場や思想、矜持に囚われたまま処刑されたフローリアンの国王陛下と王太子殿下も、この2回目では幸せな人生であってほしいと思う。
「出航!!」
船頭の声が響き渡り、同時に大きな船が帆を広げ風に乗って動き始めた。
船の上からフロウ王子が私たちに頭を下げるのを、私は大きく手を振って見送る。
「皆さんお気をつけてぇーっ!!」
王女がこんなに大胆に手を振るなんて、貴族社会の中でははしたないと言われることはわかっているけれど、今はそんな細かいことを言う人はここにはいない。
理由が理由故に公に見送ることができないから、セイシスと二人だけでこじんまりとしたお見送りなのだから。
どうか、フローリアンに今度こそ明るい未来が訪れますように。
どうか、彼らが皆、幸せになりますように。
「……行ったな」
「えぇ」
遠くに見える船に背を向けると私は「帰りましょうか」とセイシスを連れて馬をつないでいる大木へと足を進める。
「そういえば、お父様が早く帰ってくるようにって言ってたわね。何かあったのかしら?」
ここへ見送りに行くことに許可をもらいに行った際、お父様が何やら呆れながら言っていたけれど、急いでいたから覚えていない。
とりあえず早く帰ってくるようにと言われたことだけは覚えているのだけれど……なんだったかしら?
するとセイシスが呆れたようにじっとりとした目で私を見た。
「お前人の話聞いてなかったな?」
「へ?」
その言い方。セイシスは何の用か知っているみたいだけれど、私にはさっぱり心当たりがない。
私、何かしたかしら?
「最近は比較的おとなしくしているはず、だけど……」
昔は花瓶を割ったり突然街に出かけたりしてよくお説教に呼び出されていたけれど、今日ばかりはそんな心当たりもない。
そんな私に、セイシスは盛大なため息を一つついた。
「今日はこれから、俺たちの婚約式だ」
「………………あ」
忙しすぎてすっかり忘れていた私とセイシスの婚約式。
セイシスと思いを伝えあってすぐ、私たちは両家の親へと婚約の許可をもらいに行った。
私の両親もセイシスの両親も、どちらもおなじように「やっぱりな」と言って笑って祝福してくれた。
どうやらお父様やお母様、それにセイシスのご両親は、セイシスが私を思っているであろうことは昔から何となく気づいていたらしい。
それなら婚約者候補なんて決めずに最初からセイシスを推してくれていたらよかったのに!! と悪態をつく私に、父はニヤリと笑って言った。
「恋というものは自分で気づいてこそ愛になるんだよ」と。
悔しいけれどなんとなくわかる気がする。
私も自分で気づいて、後悔して、思いが強くなったように感じるから。
「これが終わったら、もう簡単には後に引けないが──いいのか? 本当に。俺が婚約者になっても」
急に神妙な面持ちでそう尋ねたセイシスに、私は目をぱちぱちさせてから、からっと笑った。
「当たり前でしょう? 私はセイシスが良いの。重婚は認められているけど、そのつもりもないわ」
そう、今回はたった一人。
私が本当に好きな一人だけと添い遂げるんだ。
こんどこそ。必ず。
「それに、常にセイシスと一緒にいるなんて今までとそう大差ないから、そんなに変化はないわよ」
幼少期は遊び相手として。
成長してからは護衛騎士として、常に私の傍にいたセイシスだ。
いなくなるとなった方が違和感だし、一緒にいる分には変化はない。
そんなのんきな私の言葉に、セイシスは──。
「ひゃっ!? せ、セイシス!?」
すんっとした表情で突然私の右腕をつかみ自分の方へと引き寄せられ、突然のことに思わず声が裏返ってしまった。
くっつきそうなほどに顔が近づけられ、思わず視線を彷徨わせると、すんとしていた顔がふわりと緩んだ。
「普段と変わらない? 変えてやるよ。これまでずっと我慢してきたんだ。まずは婚約者として、毎回ぎりぎりを責めてやるから、覚悟しとけ」
「ぎゃっ!?」
そう言ってセイシスは、私の右耳へと軽く口づけた。
「なっ……なっ、なっ……!!」
言葉が出てこない私の口に、セイシスの細く長い人差し指が添えられる。
「解毒でファーストキスはお互い済ませてしまったが、ここは結婚までお預けな。その代わり結婚したら──容赦しないから」
いつもの笑みのはずなのに、瞳の奥にぎらぎらとしたものを感じて、私は思わず真っ赤になっているであろう顔をひきつらせた。
婚約式まであと数時間。
結婚式まで1年。
果たして私はそれまで生き残ることができるのか。
また新たな不安が生まれたのは、言うまでもない。
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