第40話 一回目のその先の未来へ



 真っ暗闇の中を、ただ一人、彷徨っていた。

 ここがどこか。

 どっちが前でどっちが後ろか。

 そんなことすらわからない深い闇。

 

 ふわふわとおぼつかない足元。

 手さぐりに手を伸ばすも、何も掴めず終わるだけ。


 いつも、どんな時だって傍にいたはずのセイシスが、いない。

 私一人。

 こんなにも寂しいだなんて。

 例えようのない寂しさと悲しさを覚えた、刹那──。


「大丈夫よ」

 真っ暗闇の中で、声がした。

 いつか聞いた、ふんわりとした、優しい女声。

 だけど姿は見えない。

 あいかわらず、ただ闇が広がるだけ。


「誰?」

私はたまらず姿なき人に問いかけると、相変わらず姿のない声がかすかに笑った気がした。


「大丈夫。あの惨劇の未来を自分の手で変えたあなたにならきっと、これから多くの幸せが待っているわ」


 惨劇の未来を変えた?

「!! この声……」

 どこかで聞いたこの声。

 そうだ……私が一度目に死んだ時、私にチャンスをくれた女の人の声だわ……!!


「じゃぁ私……、もう、殺されない? セイシスも……お父様も……誰も……。誰も血で汚れることなく、ちゃんと生きていられるの?」


 脳裏に浮かぶ惨劇。

 血だまりの中沈む私とセイシス。

 その周りで次々と自害していく夫達。

 思い出すだけで鳥肌が立ち震えてしまいそうになるあの場面。

 2回目の人生は、あれを見なくても済むの?

 ちゃんと私は、変えることができた?


「えぇ。これからはあなたは、一からの未来を作るのよ。一回目の運命に沿ったものではない、あなたにとっての、一回目のその先の未来を──」


 私にとっての、一回目のその先の未来……。


「奇跡は2度は起こらない。この2回目は最後のチャンス。だから今度は後悔しないように、貴女らしく生きて」


「あなたはいったい……」

 呆然としたつぶやきに、その声がくすりと笑った気がした。


「2回目で私の未来を変えてくれてありがとう、リザ。幸せになってね──……」


 2回目で、未来を変えた……?

 あぁ……なんだ、そうか。これは……この声は──。


「お母……様?」

 1回目で幼い頃に亡くなった、私のお母様の声。

 ずっと……ずっと見守っていてくれていたのね。

 あぁ、なんだ……。

 私、一人じゃなかったじゃない。


 一回目の時、ずっと私は孤独だと思っていた。

 父の不調がある中、替えのきかないたった一人の跡継ぎとして、私は一人で立たねばと思っていた。

 苦しい時、甘えたい時、頼りにしたい母もいない。

 自分は一人なのだと。


 そして孤独に耐えきることができなかった私は、たくさんの夫をもち、公務をそっちのけで快楽に耽った。

 ただただ、一人であることを忘れたくて。

 ただただ、誰かの特別になりたくて。

 ただただ、寂しくて。


 甘やかしてくれる場所を、ひたすら求めた。


 でも違ったんだわ。

 目に見えなくても、お母様はずっと私を見守ってくれていた。

 一回目の私も、ずっと、一人じゃなかったんだ。


「ありがとう──1回目のお母様」


 心がすぅっと軽くなって、私の真っ暗な世界に光が差した──。


 私はもう、大丈夫だ。





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