第39話 後悔しないように~Sideセイシス~


 目の前のベッドに横たわるのは、先程までよりも呼吸の安定した俺のお姫様。

 小さい頃からずっと、大切に大切に守り続けてきた宝物。


 そんな彼女は、先程国と国を巻き込んだ大きな断罪を終えたばかりだ。


 リザがいろいろと気づいて不信を抱いたからこそ、大きな被害もなく済んだ事件。

 いつも彼女は、どこか自分たちよりも別の次元で物事を見ていた。

 

 まるで、これから何かが起こることを知っているかのように。

 まるで、その何かから逃れようとしているかのように。

 それが一連の彼女の行動で、あぁやっぱり、と腑に落ちた気がした。


 あのままにしていたらいずれリザはフロウ王子と結婚し、そしてフロウ王子を国王とするために殺されていたであろう可能性を考えるとぞっとする。


 リザは良いようにまとめていたが、俺は納得ができないでいた。

 フロウ王子のためにしたこと。

 フローリアンのためにしたこと。

 それだけで片付けられるはずがない。


 俺も同じ立場として、リザのためなら何でもできる自信がある。

 だけど、同じようなことがあったとしても、ルビウスのような行動には出ないだろう。

 そんなことをしても、リザが悲しむだけだから。


 リザは破天荒に見えて実は周りをよく見て考え行動し、周りを大切にしている。

 家族、友人だけじゃない。

 騎士や城で働く者たちの一人一人のことも思いやる、優しい王女だ。

 だからこそ、自分のために誰かを傷つけたことを知れば、きっとリザは深く傷つく。


 まわりまわって大切な人が傷つくのなら、それはただの悪手でしかない。

 俺ならきっと、話し合って、一番いい道を一緒に探すだろう。

 だからリザがルビウスに言った言葉に感動を覚えたのは俺の中だけの秘密だ。

 まったく、うちの主は敏感なんだか鈍感なんだか……。


 連行される間際にルビウスは俺にこう耳打ちした。


「フロウ王子の胸の赤い花は毒花で、傍に居続けると身体にしびれをもたらし意識混濁に陥ります。王子にはこの毒は慣れさせてあるので利きませんが、リザ王女は──。部屋に飾られるレームの葉が解毒薬ですので、口移しでも何でもして解毒して差し上げてください」


 口移しと言うその破壊力強めの言葉に思わず思考が停止したが、いざリザが倒れてしまえばもうそんなこと気にしている場合ではなくなって、俺は迷わずその形の良い綺麗な唇に自分のそれを重ねていた。


 反射的にごくりと飲み込むのを確認してから少しずつレームの葉を送り込んで、顔色が落ち着いてきたリザは、朝が来ても未だ眠り続けている。


 コンコンコン──。


「アルテスです」

「入れ」

「失礼します」


 静かに部屋へと入ってきたアルテスに、俺はリザに視線を向けたまま「ルビウスは?」と尋ねた。


「落ち着いてるよ。フロウ王子がずっと付き添ってくれているおかげかな。二人とも、たどたどしいながらもお互いの話をよく話してる」


「そうか、ならよかった。引き続き、よろしく頼む。リザが起きたら、陛下や王妃様を含めて裁判が行われるだろう。リザのことだ。何か処遇にも考えがあるんだろうし、それまでルビウスが自棄を起こさないようにだけ見守ってやっててくれ」


 投獄中に命を絶つ馬鹿もいるくらいだ。

 油断せずに見守るを最優先にせねばならない。

 特に、自分が眠っている間に何かあったら、リザが苦しむことになる。


「わかってるよ。……兄さん?」

「ん?」

「兄さん、リザ王女のこと、好き?」

「は、はぁっ!? 何言って……っ」

「兄さんモテるよね? 時々城のメイドや侍女が兄さんのことカッコいいって話してるの聞くもん」

「それは……」


 確かによく言い寄られることはある。

 俺は公爵令息と言う身分ではあるが普段は護衛騎士だし、態度もこんなだから親しみやすいのか、一人になったところを見計らって告白をされたことも1度や2度じゃない。


 この間なんて廊下で告白してきて即断ったら抱き着いてきた、侍女もいた。

 いつもの侍女たちなら俺とリザを間近で見ているからわきまえているが、この間の侍女は最近メイドから侍女に昇格したばかりの新顔だったから悪かった。

 もちろんちゃんと引き剝がして「これ以上付きまとうならメイドに降格させる」とくぎを刺しておいたが。


「今回のことで分かったんじゃない? リザ王女に、2度と思いを伝えられなくなるかもしれなかった、って」

「っ……」


 アルテスの言うとおりだ。

 いずれフロウ王子を国王にするためにリザが殺されていたかもしれない可能性を考えると、俺はただただ後悔しただろう。

 思いを伝えることなく、相手の思いを聞くことなくもう2度と話せなくなってしまうのだから。


「1回目はお互い様だろうから許してあげる。でも2回目は──。次があるとは限らないんだから、後悔しないようにね、お互いに」


 そう言うとアルテスは眠るリザに向けてにっこりとほほ笑むと「じゃぁね」と言って部屋を後にした。


 1回目や2回目や次、という言葉はよく理解できなかったが、そうだな。

 後悔はしないように。

 きちんと伝えてしまおう。


 俺の、本当の気持ちを。

 だからリザ。

 早く目、覚ませ。


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