第26話 2度目の私達は

「おい」

「……」

「おいリザ!!」

「っ!?」


 突然強引に手を引かれ、無理矢理停止させられる。


「どこに行くんだ」

「……、騎士団。アルテスに会いに」

「アルテスに?」


 早急に確認しなくてはいけない。

 私の勘が正しければ、アルテスじゃない。

 でも、アルテスは何かを知ってる。

 会わなきゃ。

 私が、この2回目の人生で生き残るために……!!


「お前──」

「あれ? リザ様と兄さんじゃないですか」

「アルテス!!」


 丁度いいところに!!

 稽古上がりなのかタオルで汗をぬぐいながらニコニコとわんこな笑顔でやってくるアルテス。

 いつもならこの笑顔に安心を覚えるのだけれど、今は癒されている場合じゃない。


「アルテス、話があるの。いいかしら?」

 私のいつになく真剣な様子に気づいたのか、アルテスもさっきまでの無邪気な笑顔を引っ込めて、神妙な面持ちでうなずいた。


「わかりました。では騎士団の応接室に行きましょう。今誰も使ってないはずですから」

「えぇ。ぁ……セイシス」

「ん?」


 ここからの話を聞かせるわけにはいかない。

 アルテスも、あまりセイシスには聞かせたくないこともあるかもしれないし。


「セイシスに少し調べてきてほしいことがあるの」

「調べもの?」

「えぇ。フロウ王子について。フローリアンの王位継承について。どんな些細なことでも良いわ。おねがい、セイシス」


 今のところフロウ王子について知っているのは、フローリアンをただただ愛していること。

 それだけだ。


 私がいなくなって彼のメリットは一つ。

 王位継承。

 彼がそれに関して、今国でどういう立場なのか。

 どう思っていて、何が起こっているのか知る必要がある。


「……わかった」

 図書室の一件では渋っていたセイシスだけれど、賢い彼だ。

 私たち二人のただならぬ様子に自分の役割を悟ったのだろう。

 すんなりと了承の意を示した。


「あ、話が終わったら僕が責任もって部屋まで送るから、安心してね」

「あぁ、すまない、頼む。じゃぁリザ、アルテスから離れず良い子にしてろよ?」


 そう言って私の頭をひと撫でしてから、セイシスは私の傍を離れた。

 私、子どもじゃないんだけど……。


「さ、僕らも行きましょうか?」

「えぇ」


 ***


 騎士団の応接室に案内された私は、アルテスと向かい合ってソファに座る。


「それで、何でしょう? 僕に話って」

「単刀直入に言うわ。アルテス、あなた、何を知ってるの?」

「!!」


 きっと今の言葉だけで、彼には通じるはずだ。

 私が、何を言いたいのか。

 唇をキュッと引き結んで彼の答えを待つ。

 すると──。


「っ、ははははっ。やっぱり今回のリザ王女は一味違いますね。もしかしてあなたも同じ、なのかな?」

「同じ? 何のこと?」

 首をかしげる私にアルテスは静かに答えた。


「──二回目の人生」

「!!」


 何ですって……? 二回目の、人生? って……!!


「ちょ、ちょっとまって!! あなたも、って、まさか……!!」

「はい。僕もあるんですよ。一回目の記憶」

「っ!! それは……!!」


 一回目の記憶を持つ人間が……私以外に!?

 でもそれを考えるとすとんと腑に落ちるものがある。


「まず、謝罪をさせてください」

「謝罪?」

 そう静かに言うと、アルテスは私に向かって深く頭を下げた。


「あなたを──一回目のあなたを、僕はこの手で刺し殺してしまった。それは変えようのない、紛れもない事実で……、謝って許されるものではないのはわかってる。でも、言わせてほしい。本当に……本当にごめんなさい」


「っ……」


 自分を刺した人間からの謝罪。

 まさかこんな日が訪れようとは、思いもしなかった。

 謝られて、どうしたらいいのか、何と行ったらいいのか正解もわからない。

 だってあの痛みは、絶望は、今もまだ残っている者。

 でもそれは一回目であって、今ではない。

 今の彼にその罪があるのかどうか、それもわからない。でも……。

 その震える身体が、アルテスの後悔や罪悪感を現しているかのようで、私は一度だけ深く息を吐いた。


「アルテス、顔を上げて」

 私の言葉にためらいながらも顔を上げるアルテス。

 まるで反省中の大型犬のようで、思わず苦笑いが浮かぶ。


「あの恐怖も、痛みも、絶望も、私は忘れることはできない」

「っ……はい」

「でも──……私はあなたの謝罪を、受け入れます」


 いつまでもこのままじゃいけない。

 今の私のためにも、今の彼のためにも。


「!! ありがとう……ございます……っ」


 そのアメジスト色の瞳から、大きな雫がこぼれた。

 こんなにも苦しんで、後悔しているようにみえるのに、なぜこの人はあの日私を刺したのだろうか?

 いや、それもなんとなく想像はついている。あれは──。


「あの時、あなた達は理性を失っていた。そうね?」

「……はい」


 やっぱり。

 おそらくあの狂花だ。

 彼らの胸にそろってついていた、黄色い毒花。


「アルテス、おしえて。あの日のこと。何であんなことになったのか」


 知りたい。

 怖い。

 でも知らなきゃ。

 私は、私を守れない……!!


「一回目のリザ様は、僕ら夫を大切にしてくれました。でも、たった一人、夫ではない男を貴方は愛した。それに僕らも気づきながらも、ただそばにいられればいい、そう思っていた、はずだった……。あの日、僕らは花をもらったんだ。これを揃いで付けて、リザ様に見せてあげようって。それを付けたら……突然心の奥底から嫉妬や憎悪が沸き上がってきた。そして──」


「私を、刺した……」


 アルテスが悲し気に視線を伏せ、頷く。

 やっぱりその花が黄色い毒花──狂花だ。


「そのあと正気に戻って、自死したってこと?」

 私が尋ねると、アルテスは真っ青な顔をして頷いた。

 ここで話をやめてあげたい。でも申し訳ないけれど、そうはいかない。


「気が付いたら僕らは手に血まみれのナイフを持っていて、あなたは血だまりの中に倒れていて……。すぐに何が起きたのか察した僕らは、自分で自分を葬った」


 やっぱり……。

 明らかになってきたあの日に、頭の中がクリアになっていく。

 考えるのはやっぱり苦しいけれど、これは私の命をつなぐことにつながるんだ。


「あなたは記憶があるから、梯子に細工がしてあることを知っていたのね?」


「はい。一回目、フロウ王子が上って怪我をしたのをきっかけに、二人は親密になりました。だからそれを阻止しようと、僕はフロウ王子が落ちても受け止める気でいたんです。傍にいてもおかしくない程度には親しくなっておこうと、父母を足止めして代わりに晩餐会に出席して交流を持ったりして……。そうしたら一回目とは違って、混乱して動けなくなって……」


 あぁ、私がイレギュラーな行動をしちゃったから……。

 ていうか、受け止める気だったのこのこ!?


「ん? 待って。父母を足止めしてって……じゃぁ大木を倒して通せんぼ状態にしたのは……!!」

「はい、僕です。父母は朝早くにこちらに向かうと聞いていたので、前日の夜に素手で……」


 せめて斧でも使って!!

 あぁもう、突っ込みが追い付かないわ……。


「二回目の人生が始まって、またあなたに会えて、僕の世話をしてくれて……。やりなおせるのなら、僕は今度こそあなたを守りたいと思いました。だから今回は騎士団に入って、大木を素手で倒せるほどには強くなったんですよ」

「!!」

 そうか、だからアルテスだけが一回目と全く違うんだ。

 1回目の記憶があったから……。


「まぁ、今のところ役には立ってないんですけどね」

 苦笑いを浮かべるアルテスに、私は首をぶんぶんと横に振る。


「そんなことない!! 同じように一回目を知っている人がいて、私、少し安心したもの。それに、真実を知る手掛かりにもなったし、ただ憎まれて刺されたわけではないことがわかった。だから、ありがとう」

「リザ様……」


 あの時の恐怖と痛み、絶望はまだこの中にある。

 でも、それも幾分か前よりは楽だ。


「ねぇアルテス、あなた、見たの? その……死後のこと」

 私のように死後少しの間だけその場に意識があったのならば、見ているかもしれない。


「はい。見ました。……僕らの死後、フロウ王子ただ一人が起き上がる姿を……」

「!!」

 予想が、本当になってしまった。


「じゃぁ……あなたたちに花を飾るように言ったのは──誰?」

「それは──」


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