第24話 運命の人は……
無事一週間の滞在を終え、早朝、フロウ王子はフローリアンへと帰国した。
一回目の時は図書室の一件で怪我を負って滞在が伸びたけれど、今回は違う。
次にお会いするのは一月後の私の誕生日パーティでになる。
去り際に「舞踏会でぜひダンスを」と早速誘いがかかってしまったけれど……うん、なんとかなる、はず。
そして私は今──。
「リザ王女様。今日もピー、ピーで、まるでピーのようで──」
これ、ピーピーしてるってことは求愛されてるのよね?
ごめん、全く内容が入ってこないわ。
求婚だけならなんとなくわかるから、ごめんなさい、で断ることができるのだけれど、こういう口説きが一番困る。
長々としているうえ何を言っているのかさっぱりわからない分、適当に返事をして婚約成立してたなんてことにでもなったら大事ですもの。
いつもは目配せでセイシスに頼むけれど、今は絶賛喧嘩中(こっちが一方的にだけど)。
あまり頼みたくは──。
「おや?」
「あら」
丁度いいところに爽やかイケメンカイン王子が通りかかって、視線がぶつかる。
するとカイン王子は、次に相手の侯爵令息を見てから、何かを感じ取ったようににっこりと笑うと、私の右手を自然な流れで採り、手の甲へと口づけた。
「!?」
「すみません、お待たせして。せっかくのあなたとの逢瀬なのに、遅れてしまいましたね。おや? こちらは他の婚約者候補の方、でしょうか?」
カイン王子がわざとらしく視線を目の前の男へ向けると、彼はびくりと肩を揺らし「こ、婚約者候補……?」とつぶやいた。
候補のことは大々的に知られているわけではないから、その反応は仕方がない。
まぁ、だからこそこうして求婚者が後を絶たないんだけど……。
「いいえ、カイン王子。こちら、べラム侯爵家のご令息ですの。少し世間話をしていただけですわ」
「そうでしたか。ではべラム公爵令息、リザ王女はこれから私と約束がありますので、失礼。行きましょう、王女」
爽やかな笑みを浮かべたまま、カイン王子はとったままの私の手を引くと、その場から私を連れ去った。
***
「──ありがとうございました、カイン王子。助かりました」
「いいえ、このくらい大したことではありませんよ。それに、大切なあなたが他の男に口説かれるのは、私もあまり面白くはありませんし」
「!?」
爽やかな顔して口説いてくるのやめてーっ!!
って……あれ? そう言えば──。
カイン王子や他の婚約者候補、それにレイゼル……1回目の夫達の言葉は自主規制されてない……!?
どういうこと?
まさか、この人たちが私の……運命の相手になり得るってこと?
確かに運命と言えば運命ではあるのだけれど……まずいわ。
このままじゃ相手は一回目の夫の誰かになってしまう……!!
これはもうピーでも我慢すべきなのか……。
「リザ王女?」
「は、はいっ!?」
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」
「だ、大丈夫ですわ。それよりカイン王子は今日はどうして?」
貿易関係の会議は、確か今日はなかったはず。
「ふふ。すみません。少しでもリザ王女の顔が見たくなって、来てしまいました」
「ぴゃっ!?」
衝撃すぎて変な声出た!!
「ごほんっ!!」
後方ではセイシスがわざとらしく咳払いして、カイン王子へとその鋭い視線を向ける。
「カイン王子、お約束無しの訪問は困ります。リザ王女も、暇ではないので」
何攻撃的な態度取ってんのこの人!?
ひやひやとする私をよそに、カイン王子がくすりと笑う。
「おやおやセイシス殿。リザ王女だって一人の女性ですよ? あまり過保護になられると、王女に嫌われてしまいますよ?」
バチバチと二人の間に火花が見えるのは気のせいだろうか。
言葉は棘だらけにも聞こえるし……。
もしかしてこの二人、とてつもなく仲が悪い?
「と、まぁ貴女に会いに来たのもあるんですが、実は研究所に用があって尋ねたのですよ。もちろん、陛下に許可を得て、ね」
「研究所に?」
「えぇ。貿易でお世話になる見返り、というわけではないのですが、我が国の技術をそちらにお授けしようとチームを派遣することになりまして、今日からチームの合流なんです」
そういえば今朝の朝食時にお父様がおっしゃっていたわね。
ノルンからの研究員が派遣されるって。
いろいろキャパオーバーで頭に入っていなかったわ。
「我が国は武術や毒についての研究が進んでいます。人を一時的に狂わせるものから、媚薬まで、ね」
「び……やく……」
思い出されるのはあの熱い熱とひどい身体の疼き。
思わず顔が熱くなって、気まずくなった私はわずかに視線を逸らす。
「あ……すみません。女性にこんな話を──」
「い、いえ。大丈夫です。……それより、私もその研究、興味があります。同行させていただいても?」
毒の類はまだまだわが国では研究が進んでいない。
一応先日の剣であの日の夕食の残飯と部屋にあった花は研究所で調べさせたものの、何も検出されることはなかったけれど、あれが無関係とも思えないのよね。
カイン王子の派遣してくださったチームの技術があれば、もしかしたら何かヒントになるようなものがあるかもしれない。
「えぇ、構いませんよ。では行きましょうか」
爽やかな笑みのまま私の手を引きエスコートを始めるカイン王子の自然な流れに、私は手を払うことも忘れたまま研究室まで大人しくエスコートされることになったのだった。
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