第7話 商人
「申し遅れました。私はポルトの街で商売人シラスと申します。以後お見知りおきを」
「どうも、俺は木漏れ日の村のマルコ。ポルトの街へ向かうところだ」
「ほう」
シラスの目が光った。
真剣な眼差しだ。
「俺は戦いの神の神官じゃないんでよろしく。医療の神に祈りをささげている者だ」
「ほっほっほ。あれだけ戦いの祝福が使えて医療の神の神官と? ご身分を隠されるのは何かご事情があるのですかな?」
「証拠を見せようか? シラスさん盗賊にでも殴られたのかい? 顔が腫れているぜ」
シラスの顔は殴られたあとがついていた。
もしかすると歯も折れてるかもしれない。
「実はさっきから痛くて。歯も折れているようで喋りにくいのですよ。もしかして治療して下さるので?」
マルコはちょっと考える仕草をした。
「こういう時無料で治療すると延々と患者が来るからお金を取れって親父が言ってたな。それに祝福に使う体力も減ってしまう。祝福は使うと疲れるしな」
マルコは下を向き口に出さずに少し考える。
顔を上げると口を開いた。
「そうだな、銀貨1枚でどうだ?」
「相場通りですな。治してもらいましょう」
シラスが懐から財布を取り出すと俺に銀貨を渡した。
さすが商売人の財布である。
いかにも重そうだ。
「じゃあやるぜ、祝福・怪我治療」
イブ様に診せる必要の無い程度の怪我だ。
天界へ行く必要も無い。
でも後でちゃんと医療神にお祈りをささげておこう。
「おお、これはこれは。痛みがひきますな」
「それだけじゃないぜ。ゆっくりとだが歯も生えてくるはずだぜ。なぜか歯とか骨ってのは治りが遅いんだ。天界へ行けばもっと早く治せるんだが、よっぽどの重病人か瀕死の怪我人以外だと診てもらえないんだ」
「天界? 神官様は天界へ行かれた事があるのですか?」
「ああ、意識だけだがしょっちゅう行っているぜ? それよりも怪我はどうだい? もう痛みは無いと思うぜ」
シラスは自分の顔をペタペタと触る。
口の中も舌を使って調べているようだ。
「本当ですな。痛みも無いし腫れもひいている。私も何度か別の神官様のお世話になりましたが、これほど高位の神官様に会った事は無い。銀貨もっとどうです?」
シラスが再び自分の懐に手を入れて財布を出そうとする。
ジャラっと財布が音をたてる。
「やめておくぜ。それぐらいの怪我なら銀貨1枚が相場なんだろ? あとそんなにお金をもらったら後が怖いぜ」
「ほっほっほ、神官様は無欲ですな。もしや木漏れ日の村の医者とはあなたの事ではありませんか?」
「ああ、医者の息子だ」
「なるほどなるほど。実は木漏れ日の村へ行こうと思っていたんですよ。あそこの麦のお酒を買い付けようと思いましてな」
シラスは話題を変えてきた。
俺が夕べ飲んだあの酒の事かな?
「ああ、その酒なら知ってるぜ。木漏れ日の村へ行くのか? じゃあ俺はポルトへ行くからまたな。道中気をつけろよ」
俺は手を振って商隊の横を通り過ぎようとした。
夕刻までに着かないと街の門が閉まる。
ちょっとここで時間をとられすぎた気がした。
「お待ちくださいマルコ様。それでしたら私たちの馬車で行かれてはどうですか?」
「どうゆうことだ?」
シラスは俺の前に回り込むと指を二本立てた。
「理由は二つございます。1つは盗賊が怖いからでございます。まさかこの辺りで盗賊が出るとは思いませんでした。もう一つは捕らえてしまったこの盗賊です。街の衛兵に突き出す必要があります。私たちもポルトへ戻らなければなりません」
「なるほど。酒の買い付けはいいのかい?」
「ポルトへ戻り盗賊に関して一度領主様に相談するしかないですね。これでは安心して商売できません」
シラスは懇願するようなうるうるとした眼をしている。
商隊の他のメンバーも似たような眼をしてこちらを見てきた。
「分かったよ。ポルトまで一緒に行こう」
「ほっほっほ、ありがとうございます。ちゃんと護衛代金もお支払いしますぞ」
シラスが再び懐に手を入れる。
ジャラリと革袋で作られた財布が音を立てた。
「だからいらねーって。俺は傭兵じゃねえ。ただの医者の端くれだ。まあ冒険には興味はあるけどさ。ポルトで強そうな人は見つけられなかったのかよ。護衛してくれそうな人だよ!」
「それに関しては私どものミスでした。いくら治安が良いと言われる道でも絶対安全は無いと知りました。今後は気をつけて護衛を雇うことにします」
シラスがしゅんとなってしまった。
俺とシラスが話している間にも商隊は荒らされた荷物を整頓して馬車をポルトの街方面へと転進させていた。
「さて、それではポルトへ行きましょう。どうぞマルコ様は私のとなりにお座り下さい。最近仕入れた柔らかい敷物を敷いてますよ」
「これフカフカしていていいな!」
馬車に乗れたおかげでポルトの街へは思ったより早く着けそうだった。
二人は道中も話をした。
シラスはマルコと話しているうちに木漏れ日の村の奇跡に彼が関与していると確信を深めたようだった。
マルコがアベルを治療した時の話をしたからだ。
天界へ行ったと言う証拠に天使のイブ様にもらったとお菓子も見せる。
明らかに上物だ。
まず形が整っている。
マルコが1つ食べてみせた。
「シラスさんも食べるか?」
「マルコ様、老婆心ながらご忠告申し上げます。人前ではそのお菓子は出さない方がよろしいかと。私ごときが食べるのは気が引けます」
「分かった。しまっておくよ。これは一人の時に食べるとしよう」
シラスは話上手で話題が尽きることがない。
おかげで道中は退屈しなかった。
あっと言う間にポルトの街の門が見えてくる。
夕暮れ前には到着できた。
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