ドッグタグ

ごま油を引いたフライパン

ドッグタグ

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登場人物


アンナ

 ユークレート共和国とルージア連邦の国境にある町に住んでいた少女


メアリ

 ルージア連邦軍の戦車兵。


前置き


ナレーション  

 ドッグタグ。古くから世界各国の軍隊で用いられてきた、兵士の個人認識用のタグです。

 近年では、多くのものが2枚組になっています。兵士が死亡したとき、そのうちの1枚が遺族や友人の元に送られ、もう一枚が、死亡した兵士の元に残されます。

 ある意味で死の象徴といえるこのドッグタグ。今回は、そんなドッグタグにまつわる小さな物語を、皆様にお届けします。




本編


アンナ

 小さいころ、私は戦争を経験した。東欧の小国、ユークレート共和国に、隣国のルージア連邦が侵攻してきたのだ。

 私は、ユークレート共和国の東端、森を挟んでルージア連邦と国境を接する小さな町に、家族と暮らしていた。



 寒い冬のある日、開戦のラジオを聞くよりも前に、連邦軍の装甲車両や戦車、戦闘機を連ねた大軍団が、森の木をかき分けて、私たちの町にやってきた。

 


国境沿いの町ということもあって、共和国軍の守備隊がすぐにやってきた。

 でも、共和国軍と、連邦軍の戦力差は圧倒的だった。共和国軍は、あまりの連邦軍の戦力の多さに、勝てないと分かるや否や町にいる私たちを保護することもなく、ずっと遠くへ逃げて行ってしまった。

 連邦軍は、一部の軍勢を私たちの町において、逃げ帰る共和国軍の背中を追っていった。



 残ったほうの連邦軍は、私たちにやさしくしてくれた。

 最初は、銃を持った怖い顔の大人たちがこっちに大勢迫ってきて怖かったけど、でも、思った以上にみんな優しかった。

 ご飯とかを作ってくれる人とか、昼間に私たちと遊んでくれる人とか、いろんな人がいた。夜はちょっとうるさかったけど…でも、そんなのは気にならなかった。



 みんな優しかったけど、その中でも私は、メアリという女性兵士が好きだった。

 ブロンドの髪を後ろで束ねて、いつも紺色のベレー帽をかぶってた。目は私たちと同じく青くて、美人さんだった。そしてなにより、私にたくさんやさしくしてくれた。



 ある日は、外で一緒に人形遊びをしてくれた。戦車の上に、クマとうさぎのぬいぐるみを置いて。

 いつも私がうさぎで、メアリがクマだった。

 メアリは、話がとてもうまくて、いつもうさぎの言うことに話を合わせてくれた。

 一緒にご飯を食べたときもあった。装甲車の荷台、硬い鉄板の上だった。メアリと肩を並べてご飯を食べた。ご飯を食べた後、眠くなってうとうとしている私に膝枕をして、歌を歌ってくれた。



 その声はとても心地よくて、私はいつも、安心して寝ていた。

 姉も母親もいない私にとって、メアリは、お姉ちゃんであり母親でもあった。

 そう思えるくらい、メアリは優しくて、温かかった。

 でも、そんな毎日も、ずっとは続かなかった。


 2カ月くらいたったころだったと思う。ある日の早朝、町にいた連邦軍の兵士たちが、あわただしく動いていた。戦車のエンジン音で目が覚めた私は、嫌な予感がして、外に出た。クマとうさぎも一緒だった。

 必死にメアリを探した。いつも遊んでた戦車のある所、一緒にお昼ご飯を食べた装甲車の荷台。いろんなところを探した。どこにも見つからなくて諦めかけてた時、いつも家の前で父親とお酒を呑んでいた兵士のおじさんが、私に話しかけた。

 私の様子が、いつもと違くて気になったんだと思う。



 私は、おじさんに、メアリを探していることを伝えた。そしたらおじさんは、左胸につけてた無線で、メアリを呼んでくれた。

 その場で待っていたら、メアリはすぐ来てくれた。いつも被ってたベレー帽は、硬くて重そうなヘルメットに変わっていたし、いつも着ていた迷彩服の上には、分厚くて、またまた重そうな防弾チョッキを着ていた。



 いつもと少し格好は違ったけど、私は、メアリに会えたのがうれしくて、思わず抱き着いた。そしたらメアリは、いつもみたいに、私を抱きしめてくれた。いつも着てないものが体に当たってちょっと痛かったけど、それでもメアリはメアリだった。いつもみたいに温かくて、優しいメアリだった。

 私をいつもより強く抱きしめたメアリは、私の目を見つめた。いつもメアリは、私の目をほめてくれた。きれいな瞳だって言ってくれた。



 でもその日は違った。メアリは、私の頬に手を伸ばして、そっと私の頬を撫でた。そして、優しく私に微笑んだ。

 それに私は、いつもみたいに笑顔で返した。そしたらメアリは、もう一回私を抱きしめた。さっきより強くて、痛かった。でも、うれしかった。



 次にメアリが私を放したあと、メアリは、何かを取り出し始めた。首からかけてるネックレスみたいなものを引き出していた。その先についていたのは、ちっちゃい金属の板だった。二枚あった。朝の日差しに照らされたそれが、キラリと光った。きれいだった。

 メアリが、それの片方を取り外して、私の前に差し出した。



メアリ

 アンナ、これは、ドッグタグといって、あなたのことを守ってくれるお守りよ。もしこれから、何か大変なことがあっても、これを持っていれば、あなたは必ず守られる。

 何があっても。




アンナ

 私はそれを受け取った。

 細かく文字が刻まれていた。メアリの名前と誕生日だった。

 他にも何か書いてあったけど、その時はまるで意味が分かってなかった。

 

 

 それを私に渡してくれたメアリは、もう一度、私を抱きしめた。

 今までで一番強かった。そして、長かった。




メアリ

 戦争じゃなければ、もっと、違う出会い方ができればよかった。

 アンナ。あなたは、これからを生きて。またどこかで会えたら、その時は、また遊びましょう。




アンナ  

 メアリは、泣いていた。私は、メアリが泣いているのをはじめてみた。でも、何もできなかった。


 この数時間後、連邦軍の兵士は、国境の町であるここを出て、共和国の内側へと進んでいった。

 戦車に乗っていたメアリは、最後まで、私に手を振ってくれていた。ほかの兵士もだけど。でも、メアリは、一番最後まで、手を振ってくれた。



 あの後、私の街にいた連邦軍の部隊と、首都からやってきた共和国軍の部隊が、隣町で戦ったらしい。

 結果は、共和国軍の圧勝。この戦闘のあと、数日して、戦争が終わった。



 戦争が終わった日、共和国軍の部隊が街にやってきた。街中に、連邦軍の痕跡がないかを調べているみたいで、私達も調べられた。私は、メアリが着けてたドッグタグが、共和国軍の兵士に取り上げられてしまうと思って、急いでベッドの下にある宝物入れに、ドッグタグを隠した。さすがに家の中にまでは入ってこなかった共和国軍は、当然メアリがくれたものに気づく訳もなくて、守備隊を残して直ぐに帰って行った。



 私は、メアリがどうなったのか、今もどこかで生きているのか、それとも死んでいるのか、何もわからない。

 一回だけ、どうしても気になって、連邦の国防省に問い合せたことがあった。でも、彼らは、何も教えてくれなかった。

 


 私は今でも、メアリがくれたものを持っている。

 ドッグタグは、無数の細かい傷がついている。でも、刻印ははっきりと残っている。

 


 ジェーン・メアリ

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