第7話

「銀屏よ!こっちだ」

その声の方を見ると、張飛が黄忠の軍の遺体を持って歩いていたのである。

そしてある場所で立ち止まると周囲を見渡しながら言う。

「ここだ……ここに埋められておった」

そう言いながら地面に穴を掘ると遺体を運び埋めていく。

そんな様子を見ていた他の兵達が話しかけてきた。

「呂布は曹操様以上に酷い奴ですね」

その言葉に張飛は返す。

「お前達に言っておくぞ!決して呂布奉先を『殺した』などと言うなよ。特に俺やお主らのような呂布配下のものには言うのは禁句だ。逆に憎しみを集めて力を削がれるからな」

そんな父親の姿を銀屏は黙って見つめている事しか出来なかったのである。

【反董卓連合】

張飛が反董卓連合を離れた翌日、帝と呂布奉先は洛陽近郊の鄭国へと来ていた。

その地には黄巾賊と言う一団がいると言われており、その黄巾賊を討伐しようとしたのだが、突如として現れた曹操軍に攻撃されたのである。

そんな中、許緒は武勇と脚力を生かして黄巾賊を蹴散らすも総大将である韓忠を討ち取るにはいたりえなかったのである。しかし、黄巾賊もかなりの兵を失ったためにしばらくは軍を退くのであった。

「いやはや、将軍がおられたおかげで我らも助かった」

呂布に声をかけてきた人物こそ、この軍の総大将である韓忠である。

曹操によって討たれると思われて後宮にいたのだが呂布によって救出され、そのまま兵を率いたのである。

そんな韓忠に呂布が答える。

「いえ……しかし私の判断で危うくあなたを斬る所だったと言う事か……申し訳ない事をしました」

「何を言われますか!呂布将軍のお陰で韓忠の命を救われました。これほどありがたい事はございません」

そんなやり取りをしている中、曹操が近付き言った。

「陛下や公台(張遼)と相談した結果だが、これから我らは洛陽へ向けて兵を進める。その際、この軍は韓忠殿に任せたいと思っている」

それを聞いて張飛が心配そうに尋ねる。

「その部隊は如何なされるのでしょうか?」

「韓忠殿の本隊はそのまま洛陽へ向けて進んで貰い、ここに駐屯する別働隊は呂布将軍に率いてもらおうと考えているのだが」

すると呂布も自ら名乗り出た。

「わかりました。長安は我が天敵であり因縁があるのです」

そんな様子を眺めていた許緒が叫ぶ。

「さすが大兄貴だ!」

2 袁紹の元を離れた袁術は、そのまま部下とともに南陽へと向かっていたのであった。

「大殿様。このまま南陽へ行かれては張楊殿に怒鳴られますよ」

袁術の部下の一人であった孫乾がそう指摘する。

「わかっておるわ」

そんな様子を見ながら黄忠が言う。

「この地は元々我々の領土でございますからな……むやみやたらと軍勢を向かわせるわけにはいきませんな」

そんな黄忠の言葉を聞き、趙雲が言う。

「ここも曹操軍が押さえるとなると漢の影響力はさらになくなるな」

黄忠は頷きながら答えた。

「漢はこれから戦乱へと向かうでしょうな……」

趙雲がそう呟いたのでが、趙雲の予想以上の事が起きるとは誰も気づいていなかったのである。

そんな会話を小耳に挟んだ南陽太守張楊の息子で張楊に『呂布』と言う名を付けれた陳宮が興味を示すと、兵を出して曹操軍の動きを監視させる事を決意する事になるのであった。

3日後、曹操軍より南陽城へと知らせが届く。

「袁紹軍の討伐に向かった呂布が退却した」

その報告を受けた張楊は部下達に詰問するのであった。

「誰か我らを謀(たばか)った者はいるか!さっさと名乗らぬか!」

すると一人の部下が恐る恐る名乗り出たのであった。

「私でございます……」

そんな部下を激しく怒ると続ける。

「貴様!袁紹に内通したのではなかろうな!?」

「滅相もございません!我らは張楊様の命で曹操軍を監視しておりました!」

その言葉を聞いて、さらに激怒した張楊は叫ぶ。

「何故それを正直に話さなかった!その通りであると答えておれば軍の半数を貴様の処刑に使う事が出来たのだぞ」

その理不尽な要求に激怒する様にその部下も言うのであった。

「では何故、曹操の動きを全て私に報告しなかったのですか!」

「報告したらそなたは勝手な判断で袁紹軍と通じて私に報告してくるであろうが!」

そう言うと張楊はさらに続ける。

「これから儂は汝の首を刎(は)ね、その首で汝の罪を贖(あがな)ってもらう」

そう怒鳴りつけると張楊は早速部下達に命じようとした時だった。

その場に似つかわしくない幼い声が張楊に呼びかけたのであった。

「お待ち下さい」

声の方を見るとそこには綺麗な顔立ちをした少年が立っていた。

その少年は張楊の部下に近付きながら言う。

「この状況で呂布将軍が敵を退く事はありません」

そう言うと少年は縄を打たれ、兵士達に引きづられていた部下を見る。

そんな子供の言葉を聞いて張楊が答えた。

「小僧、何故そう思ったのか言うてみよ」

それを聞いた少年が振り向くとその瞳は金色であった。

そんな異様な瞳の輝きにその場にいた全ての人々が注目していると少年は言った。

「張楊様には『逆鱗』があると思われます」

その言葉の意味を知っている者は極々一部であった。

そんな少年が続けた。

「曹操の狙いは南陽ではありません。特に呂布将軍が入城しようとしている長安だと思います」

その意見を聞き張楊は思ったのである。

(この少年は神の子なのか?もしくは悪魔の化身か!)

しかしそれを否定すると呂布の行動に理由を付ける事が出来なくなると考えた張楊は少年の話にのる事にした。

「小僧!名は何と言うのだ?」

「奉先と申します」

少年改め奉先の名は黄巾の乱の際に曹操が切り殺した程普より与えられていた名前であった。

そんな奉先を、何故か張楊は気に入ったのか質問する。

「お主はこれからどう動くべきだと思う?」

その質問に奉先は答えていく。

「呂布将軍が兵を挙げる事はありますが、今は勝ち戦であるので勢いを止める事は出来ないでしょう」

「ふむ、なるほど……ではどうするべきだと思う?」

「今は耐えるべきだと思います。陳宮は近々兵を率いて南陽へと侵攻してくると思います」

その言葉を聞いて張楊が袁術に言う。

「小僧の策を使うとするか!」

4 数日後、陳宮は息子の陳登を使い兵3000を率いて南陽城に向けて進軍させて来たのである。

その事を知らされた黄忠が奉先のいる陣営を訪ねる。

「奉先殿、陳宮軍がこちらに向かっていると」

そう報告を受けたが、涼しい顔をして答える。

「我等に進軍の意思はありませんし、軍備も解いていませんのでご安心ください」

そんな言葉を言っていると遠くから雄叫びが聞こえた。

それを聞いた黄忠が驚く。

「陳宮軍が来るぞ!」

すると奉先は黄忠を落ち着かせる様に答えるのであった。

「大丈夫ですよ。たかが3000の軍。しかも寄せ集めです」

そうしていると陳登が率いる3000の軍が黄忠の前に現れた。

「お待ち下さい。我らは孫乾将軍の命により派遣された軍、あなたにお目通りをしたいのですが……」

そんな陳登を見て奉先が黄忠に尋ねる。

「この軍は戦をすると言う事ですか?」

すると黄忠は答える。

「わかりませんが、その可能性は高いと思われますな」

すると陳登に向けて奉先が言う。

「呂布将軍は殿(しんがり)をあなたに任せたい。そうお考えになっているのでしょう」

その奉先の言葉を聞いた黄忠が驚いて陳登に言う。

「小僧!お主、軍師か?それとも将か?」

そんな陳登の代わりに奉先が答える。

「違います」

すると奉先は黄忠の元を離れ陳登の横で馬に乗ると笑った。

そんな様子を不思議そうに見ている黄忠に黄信が耳打ちをする。

「将軍、この小僧は只者ではありません」

黄信の囁きが聞こえたのか黄忠も頷いたのであった。

陳登の元へと来た陳宮に奉先が言う。

「将軍、殿(しんがり)を願います」

しかし陳宮は呂布ではなく奉先を睨んで答えた。

「そなたは誰だ?」

その言葉を聞いた陳登は顔を青くし、奉先は眉一つ動かさずに答える。

「奉先と申します」

それを聞いた陳宮が陳登に対して言い放つ。

「この小僧は呂布殿の身内(部下)でしょうか?」

すると奉先は堂々と答える。

「呂布将軍は私の大切な上司です」

そしてこう続ける。

「ですが、彼でなければ軍の先頭は任せられません」

その言葉を聞いた陳宮が舌打ちをしながら言う。

「わかりました……私が殿を務めましょう」

そう言うと陳宮は奉先に近付いて小声で言った。

「小僧、お主をどう扱うかは私の器量にかかっている事を忘れるな」

その言葉を聞いた奉先は頷いて答える。

「わかりました、殿(しんがり)は頼みましたよ」

そんな様子を見ていた黄信が言う。

「あの小僧め!呂布将軍の名を利用して我らに敵意を持たせるつもりか?」

そんな黄信の肩を陳宮の部下が掴むと小声で言う。

「私はあの軍師に一つ興味を持ちました……」

「ほう……お前も奉先とか言う小僧が気に入ったのか?」

黄信がそう尋ねると彼は答えた。

「呂布将軍の名だけであの様な事は言えません」

そんな彼らを見ながら陳宮は兵を率いて南陽へと向けて進軍していったのである。

翌日、陳宮から出陣したと言う知らせを聞いた張楊は思い切った命令を下すのであった。

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