第5話
「この呂布奉先は私が少しだけ手を加えさせてもらった偽物だ」
その言葉に趙雲は後ろに飛び退き構え直す。
「この男に何をした?」
「少しだけ悪戯を」
笑みを浮かべた呂布を見た趙雲は思わず震える。
(これがあの呂布か?まるで別人ではないか!)
そんな事を考えてしまった趙雲に対して張遼は笑みを浮かべたまま答える。
「安心しろ。お前に危害を加えるような事はしない」
張遼はそう言って呂布に指示を与えるとその場を去ろうとすると、呂布が張遼に向かって言ったのである。
「まずは守るべきものを守りきるんだな」
呂布の言葉に一瞬不思議そうな顔をする張遼だったが何かに気が付き呟く。
「劉備様……関羽か」
(この男は何かを感じ取っているのか?)
そんな事を考えつつも張遼は槍を構えて趙雲に向き合うと言ったのである。
「今はお前に構っている暇はない」
そのまま張遼は走り去り呂布と二人だけになった趙雲の心には複雑な思いが渦巻く。
「ふふふ……さすがは関羽だな!」
趙雲は思わず笑ってしまう。
そんな趙雲に対して呂布が呟く。
「さて、これでお二人で話せるな」
その言葉と同時に趙雲に向かって攻撃を仕掛ける呂布。
「話をする?攻撃してくるやつが言う台詞かそれ?」
と趙雲は言う。
「俺はね強いヤツととことん戦ってそれで後からお話して色々と聞くのが趣味」
「なんて悪趣味」
「よく言われる」
その言葉と同時に呂布は槍を繰り出す。
(くっ!何て速さだ……)
そんな趙雲に構う事なく攻撃を繰り出し続ける呂布。
しばらく攻撃が続き趙雲も何とか応戦していたのだが、息が切れた所で一旦後ろに下がり距離を開けると構え直す。
(あの関羽も恐れる男の一撃か……少し考えを改めた方が良いのかもしれないな)
趙雲がそう思いながら構え直した姿を見た呂布が言ったのである。
「まあ、これでも本来の力の半分だけどね」
「なんだと!?」
驚く趙雲に向かって呂布は笑う。
「さて、俺と仲間にならない?」
そんな軽い言葉で誘う呂布に対し、趙雲は笑みを浮かべて答えた。
「面白い。ここで私に勝ったらな」
そう言うと構えていた戟を力強く突き出したのだ。
そんな趙雲の攻撃が当たる直前で呂布はまた姿を消すと槍を持って現れ穂先を床に向けると言ったのである。
「どうやら俺じゃダメみたいだな……」
と残念そうな顔で呟いた後に槍の先を見せる。
趙雲は自らの槍先を見て目を見開いた。
(いつの間に!?)
思わず動こうとした趙雲に呂布は言う。
「動くな……お前ならわかるだろ?」
そう言われた趙雲は槍を引くと戟を地面に放り投げると両手を上げて言ったのである。
「参った、私の負けだ」
そんな趙雲に対して呂布は笑顔を見せて言ったのだ。
「さすが関羽が惚れ込む者だ」
その言葉に顔を真っ赤にして顔を顰める。
「あの……その……」
モジモジしてしまう仕草にあっけにとられる。
「お前って純粋なんだな……それに素直」
思わず趙雲を誉める呂布であった。
「ま、まだ何も言ってないだろ!」
慌てる趙雲にさらに呂布は言ったのである。
「関羽が惚れ込むのもわかる気がする」
その一言で趙雲の顔は湯気でも出そうな程に顔を真っ赤にし、その場から少し離れると身を屈めて蹲ってしまう。
(あれが噂に聞いていた美青年か……関羽様だけかと思ってたら意外とバレているものだな)
「ん?どうしたの?趙雲」
「あの……ねぇ……君……あー、もう!!」
趙雲は呂布奉先にキスをする。
そしてすぐに飛び退くと照れ隠しに再び槍を構えたのだ。
「君って可愛いね」
そんな趙雲に対して笑顔で呂布は答えるとさらに続けて言う。
「俺の仲間になってくれるかな?」
趙雲はその問いに一瞬考えるフリを見せると言う。
真っ赤な顔で
「か、考えてもいい」
笑顔になる呂布奉先は再度近づいてキスをする。
「ん……(やば舌入ってきた)」
頭の後ろを押さえてきて逃げれないようにされた。
「ん……んぅ……ちゅぷ」
ディープキスで身動きがとれない趙雲は、やがてその行為がとても気持ちのよいモノだと認識してしまい、されるがままに成り果てる。
呂布はその後しばらく続け、満足したのかゆっくりと離す。
そして笑顔で言ったのである。
「良い返事待ってるよ趙雲」
(お、恐ろしい男だ……私すらこの様な状態になるとはな)
そんな思いで呂布を見つめる趙雲に対し、そのまま何事もなく立ち去って行く彼の後ろ姿を見送ると先ほどキスされた唇を指で押さえる。
「あの男に刃向かうのは辞めておこう……」
趙雲は心に決めたのであった。
【広都近郊 張飛】
劉備と諸葛亮は関羽が橋を落とす前に無事に城から出る事が出来た。
二人はそのまま街道を下って進む事にする。
(これは敵の罠ではないのか?)
疑心暗鬼に囚われそうな劉備に対して、諸葛亮は予想もしていなかった言葉を彼に投げかけたのである。
「恐らく敵の罠ではございません」
その諸葛亮の言葉に劉備は驚いた表情を見せて尋ねる。
「何故そう思うのだ?」
そんな劉備に向かって諸葛亮は答える。
「理由は一つ……もし殿が敵軍に討たれたとしても、何も得にはならぬからです」
劉備は納得したように頷く。
「それは私も考えていた。しかし関羽の性格を考えれば魏続殿を先に助けると考えはしないか?」
その疑問に対して諸葛亮が答える。「関羽殿は魏続殿を助ける気でいるかもしれませんが、それも心配はしておりませぬ」
「え?ど、どういう事だ?」
戸惑う劉備に向かって諸葛亮は言った。
「関羽殿は主を裏切った上でそのまま城に帰ればどうなるのかも当然理解しているはずです。それに加えてここから洛陽までかなりの距離もあります。……何よりも時間がありません。何せこの都には曹操軍を含めた様々な軍が集結していますし、それを抑えているのは袁紹殿です。たとえ、関羽殿といえどもあの袁紹殿を相手にするのは大変でしょう」
「確かにそうだな……」
そんな諸葛亮の言葉を聞いて劉備はやっと理解したのである。
「つまりだ……曹操軍は包囲した城の門が閉じている現状を利用して内側から協力すれば我が軍を崩す事が出来る。それに対して魏続殿は堅固な守りの中に入っているのでそこからの援軍を呼ぶ事は出来ないという訳か?」
その答えに諸葛亮は満足そうに頷くと答えたのである。
「そういう事にございます。」
そんな諸葛亮に対して劉備は深く礼を言うと彼に頭を下げて感謝する。
「では、私はこれから戦場へ戻らなければならないが気をつけてな」
「はい、御武運を祈っております」
そんな二人のやり取りを少し離れた所から見ていた者が一人いた。
その者は建物の陰に潜む様にして二人のやり取りを見つめていたのである。
(あの者なら張飛殿を……)
そう思ったその者は静かに二人に近づいて行ったのであった。
【洛陽近辺 張飛】
諸葛亮と別れた劉備は兵士を馬に乗せ戦場に戻って来た。
しかし、思った以上に手痛い攻撃を受けたために身動きが取れないでいた。
(これは思ったよりも厳しい戦いだな)
そんな事を思っていた劉備の元に一人の武将が現れる。
その武将を見た劉備は驚きの表情を見せたのだ。
「呂布奉先殿!?」
「はいはい俺でーす」
「は?」
呂布奉先はあのような発言はしない。すると、そこには……
(関羽か!!)
そう思った劉備は辺りを見渡す。
(近くに魏続がいるはずだが、なるほどそうゆう事か)
劉備の予想は正しかったようで後ろにいた関羽が姿を現したのである。
「兄上……お見事でした」
そう言って頭を下げる関羽に対し、劉備は少し照れながらも笑顔で答えた。
「いや、こんな所を呂布殿に見られて恥ずかしい限りだ」
「……っえ?(今、呂布奉先に見られたと?)」
そんな劉備と関羽のやり取りを見ていた呂布奉先に対して諸葛亮が近づき言う。
「関羽殿……彼は曹操軍に捕まり、自らの首を条件に兵を救うよう交渉してくださったのですよ」
それを聞いた関羽は劉備に対して頭を下げて言う。
「私ごときの為にまさかそのような事を……申し訳ございません!」
「いや、それは気にしないでくれ関羽。お前を助けるのは私が自ら選んだ事だ。何も後悔などしていないさ」
そんな劉備の言葉に対し関羽は再度深く頭を下げて感謝を述べたのだ。
そんな姿を見ていた呂布奉先は劉備に対して言う。
「一騎打ちだ」
「な、何?」
呂布の突然の提案に驚く劉備であったが彼は呂布に向かって剣を抜き身構えて叫んだ。
「何故今なのだ!この状況なら一気に軍を出せば良いではないか!?」
すると、それに答えたのは諸葛亮である。
「それは危険すぎます」
「危険?どういう意味だ諸葛亮?」
関羽と共に劉備は不思議そうな表情で諸葛亮を見る。
そして諸葛亮は呂布を睨みながら答える。
「曹操軍は短期決戦に出ているのです。例えこちらが有利な条件だとしても、後になって不利になる可能性がございます」
それを聞いた関羽が反論する。
「では、このまま数で押されるよりも敵大将である呂布を討てば、少なくとも今は猶予があると考えても良いのではないのか?」
そんな関羽に対し、今度は張飛が答える。
「その通りだ。今なら有利に進めるぞ!」
その言葉に関羽と諸葛亮はお互いを見た後に劉備へと視線を向けたのだ。
(確かに私が討たれたとしても敵は退くかもしれませぬ……しかし)
そう考えた関羽は首を横に振って答えたのであった。
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