第42話 秋、西陽、プリズム、きらきら
「あれ?そういえばメルち、ニス買えた?」
「買えた〜!あのお店につや消しニスも置いてあってよかったよほんと!」
「不思議なお店だったね〜」
日のすっかり沈む頃、それぞれは少し早く制作を切り上げていた。やはり、少々の睡眠不足と遠出によりいつもより疲れていたのだろう。
メルはウエディング・ケーキと見紛うほどの大きなチーズケーキの模型を完成させていた。
焼き目の塗装に力を入れているメルは、すっかり美術部員らしく堂々とした振る舞いだ。元々凝りやすい性分なのかもしれない。
「今日の夕食はサンドウィッチのお城なのだわ」
「お城というか……城塞?要塞?」
潰れないように、でも大量に積み上げられたサンドウィッチ。具材もカラフルで、栄養面もしっかり考えていられそうな辺りが特に、ミユキらしい出来栄えだ。
「腹ペコちゃんたちー!ごはんだよー!」
いまだ秘密基地の中で制作に没頭しているマリンとナギに声をかけると、ナギがそそくさと飛び出してきて、少し間を置いてマリンがのそのそとやってきた。
「珍しいね〜、マリンがそこまで熱中するの」
「うん、みんなにはやくこれを渡したくて」
ひとつずつ配られる、ピッタリなサイズのガラスの指環。丸カンで繋がれたオレンジのシーグラスが、ゆらゆらときらめきを放つ作りになっている。
指環自体も、宝石のように幾何学的なカットを施されている。本体の色はそれぞれをイメージしたように分けられているようだった。
「お魚だわ……!いいのかしらマリンさん、こんなにも素敵なものをいただいてしまって……!!」
みんなとても喜び指環を眺めていたが、ナギの予想通り、ミユキが最も大喜びしていた。謎の小躍りを披露するくらいには。
「ウチ、これ一生の宝物にする!」
「い、一生って……またいっぱい作るしガラス製だから割れたりもするし……」
「宝物にするったらするの!」
「ね、展示品の制作終わったらさ、ケーキ用のお皿をみんなで作ろうよ!」
話は弾み、サンドウィッチのお城はみんなのおなかに消える。
海に行ったからともう一度銭湯へ行き、今日は秘密基地でなく部室での雑魚寝だ。
「そうだ、ウチら明日一回着替えとか取りに家に寄るけど、みんなは大丈夫?」
「あ、私も洗濯物持って帰らないと着替えなくなるんだ」
「私も〜」
「わたしはお家の人が取りに来てくださるので変わらずなのだわ」
明日はミユキ意外のみんなが、一度それぞれの家に帰ることになった。なんだか既に懐かしい気がしてくる。まだ2日目だというのに。
「ノワキのことがなかったら、こうなってなかったかもね」
「各自の〜んびりと準備して、最後の1・2日だけ泊まり込みだったかもね」
古い机や椅子が処分され、新たに棚や展示台も運び込まれたので以前より展示できる量も増えた。だからこうしてみんな熱心に制作に集中しているわけなのだった。
まあ、さすがに眠気には勝てないのだが。
「……ねえ、みんな寝た?」
「えへへ、起きてる」
「みんな……将来の夢とか、ある?」
「それは職業とか?」
「なんでも!」
それぞれ少し思案し、にまにまと嬉しそうに笑う。
「ウチはね、保護猫カフェ作るんだ〜」
「わたし、常連になるのだわ、きっとポイントカードを作ってね」
「もち!肉球スタンプ押してやんよ!」
ミユキは想像のそれらにうっとりし、ふかふかの枕に倒れ込んだ。倒れ込んで、架空の猫(らしき空間)を撫ぜている。大好きだな、猫。
「私はね、パティシエールになるんだ!そんで実家のケーキ屋を乗っ取って、今風に改装しまくるの」
「お!んじゃ猫カフェのケーキはメルちに頼もっと」
「任せといて!」
「食器類はマリンと作ろうかな!」
「うん、陶芸家で食べていけるのかわからないけど、師匠みたいに教室を開いてもいいし、仕事が別にあるとしても、趣味として続けていくつもり……ガラス細工も興味あるし」
眠気の波に呑まれながら、絶対にみんなの夢を聞くぞ、と一同は必死に意思というアンカーで意識を現実に繋いでいた。
「私は……自分でCD、作ってみたい」
今やナギは、ミユキだけでなくマリンやミナト、メルの前でも演奏したり歌ったりすることができるようになっていた。
「ジャケットは、ミユキに描いてもらいたいな」
「もちろんなのだわ、とても……身に余る光栄よ」
「ウチらのお店に飾る絵もミユキちに頼もっか」
「ぜひに!」
ナギは「これは言おうか迷ったんだけど」と前置きして、ミユキから鳴る音を奏でてみたいことを話した。
「まだ、今は……その時じゃないって気がするんだけど、いつかは……えっと、みんなにわかるかはわかんないんだけどね」
「ナギさん……」
「はいはい」
「わたしもね、思い描いていたことがあるのよ、ナギさんの音楽からこぼれる色彩を描いてみたい、と」
きらり、ゆらめき、夢見るように。
プリズムがこぼれる。
ミユキから。その指先から。
でも、指に嵌った指環からではなかった。
「わあ、ミユキったら話しながら寝ちゃった」
「わはは、最初の脱落者だ〜」
きらり、きらきら、溢れ出す。
身動き一つしないミユキの、眠りの中から。
「……そうだ、聞きたかったこと、思い出した」
「聞きたかったこと?」
「ミユキの絵が抜け出るのは、もう知ってると思うんだけど……昨日、寝てるミユキから夢が漏れて抜け出してたんだよ」
「夢が?それってどういう風に?」
「えっとね、昨日はお菓子でできた生き物ばかりだった気がする」
「おなかすいてたのかな?」
「猫はいた?」
「真っ先に出てきてたよ」
ミユキから漏れ出す虹の欠片たちを指差す。
「この光はみんなにも見えてる?」
「見えてるね」
「指環のせいじゃないよね?」
「うん、特にそういった細工はしてないし」
ああ、だめだ。
気になるのに。
ここまで掘り進めたのに、誰も眠気に勝てない。
そういう運命なのだ。
そういう運命だったのだ。
善い方へ道を誤り、そのせいで核心から遠ざかる。
まるで、今ではない、と言うように。
長く船旅を楽しむように。
漣が優しく皆を押し返す。
誰かがそうっと目蓋を撫でたかのように、みんなの瞳は同時に閉じる。
寝息がカルテットを奏で始めて、夢は更に這い出てくる。
淡いプリズムのような腕。
あまりにも細くて不健康そうなそれは、ナギが見ればすぐにミユキの腕だとわかったのだろう。
何かを探すように、確かめるように、パタパタとそこらに触れている。そして同じく漏れ出したラジオを探し当てて、そのスイッチを押した。
音は聞こえてこない。
それでも腕は満足したように床に置かれている。
いつか誰かの生きた音を、まるで聞いているように。
誰もいない星の中、ひとり聞いているのかもしれない。
緑と水に囲まれて、春夏秋冬にそれぞれの居場所がある星で。
夢の種が、ぽとり、ぽとり。
うっかり、窓の外に、ひとつぶ。
そっと植わって、眠りに就く。
さて。
夢は夢を見るかしら。
種は夢を見るかしら。
そこから何かが芽吹いたとして。
それは世界を変えるかしら。
花が咲けば変わるかしら。
誰かをより善い方へと。
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