第25話 美園

 トントン


 扉の音。


らいさん、上社かみやしろさんお見えになりましたよ」

 時間より少し早め、彼女はいつもそうだったと慌ててお茶を飲み歯を磨き身だしなみ整えてから控室を後にした。




「久しぶり」

 待機室で待っていた美園みその。黒のリクルートスーツ姿。しばらくぶりに見た彼女は相変わらずキリッとしていてそこが也夜のモデルの時の顔立ちに似ている、とふと思う。


「久しぶりです」

「ちょっと前髪を切って欲しい。あと後ろは切りすぎず結べるように……就活出遅れたけどさ、今就活の説明受けてきてさ……来週から試験なんだよ」

「そうか、もう就活なんだ……」

「お兄ちゃんの件でバタバタしたけどなんとかね」

 美園は來よりも一学年下であった。先に専門学校を卒業して社会人となった來にとっては大学生である美園の女子大生らしい派手さには少し羨ましく感じていた。


 個室に通した。也夜の紹介で美園もこの店ではこの個室を使っている。


「就活しなくてもお父さんに言えば……」

「言ったじゃん。親の力は借りない。私のしたいことで働く。少し遅れたけど浪人してでも……ね」

 上社家の父親は大企業の商社の役員である。

 母親の家系も関連会社の社長令嬢ともあり政略結婚だったともいうが來が2人にあった際には金持ちや権力振る舞っている様子は見られなかったが、子供達2人は育ちが良くお金には困っていないなという様子はすぐわかった。


「お兄ちゃんが芸能の世界に早く入っちゃってさぁ……私には社会に出て親たちの関連会社の男と結婚させたいのよ。それをきっかけにさらに昇進しようとしてる」

「……そうかな。也夜のことでも昇進の一つにしてたじゃないか」

「まぁあなたとお兄ちゃんが交際しているっていう事実がわかるまではね。ほんと迷惑、いい迷惑……あなたと付き合ってから家族はめちゃくちゃ。私が間に入らなかったら結婚さえもできなかったのよ」

「その件は……ありがとう」

「よくわからない、ありがとうって。お兄ちゃんの意志の尊重と家族崩壊を食い止めただけよ」

 リカとは違った毒のある女性だとは前から思ってはいたが來はそういう女性に縁があるかも知れない、と目線を彼女から逸らして髪の毛に鋏を入れた。


「なんかさ、メールずっと無視してたじゃない。他に相手できたの?」

「……!」

「できたんだ。てか女の人でしょ」

 図星すぎて來は咳き込む。落ち着いてから違う! と弁解すると美園は笑った。


「わっかりやすー」

「……だから違うって。それになんでそう思う?」

「なんかさ、肌艶いいからセックスはしてそうって思ったけどー目がぎらついてるっていうかお兄ちゃんと付き合ってる時よりも目つき違うし。なんか男、みたいな感じだよね」

 ダイレクトに言われ、個室でよかったと。來は鏡で自分の顔を見る。


 そんなに顔も目も変わったのかと。リカと仲良くなっただけでもちろんセックスどころかあれからキスやハグなんてしていない。

 すると美園の視線を感じた。顔はさっきまでの笑い顔から真顔に戻っていた。


「……お父さん達に反対されてすぐ他の人にふらっていっちゃうの? 最低」

 そっから美園は無言になった。


「だーかーら! それにすぐってわけじゃないし」

 と來はこぼした。


 髪の毛を整え髪の毛を払いタオルやケープを外した。

 そしてシャワー台でまた髪の毛を流しドライヤーで髪の毛を乾かす。ふと美園の顔や表情に也夜の面影を感じる。やはり兄妹、と來は思う。

 そしてブローして整えた。

「ありがと。最低は言いすぎたけど」

「いえ、最低です。僕は……」

 美園は立って來を見上げて行った。


「なんでお兄ちゃんのこと聞かないの」

「美園さんが黙るから」

「……少しは大丈夫なのか、状態はどうなのか、それに……家賃出してること何も話しない。本当最低……」

「その……」

「お兄ちゃんの意志となんやら言ったけど……私は……私は……」

 美園は目を真っ赤にしていた。


「本当は二人の結婚は反対だったんだから」


 美園は自分から個室を出て行った。

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