第42話 也夜の父

 真実が判明してから変わらぬらい分二ぶんじの関係。來はいつものように店を開き、分二も美容室の経営をしながらも他の店の経営もしている。いつも通り。

 だが也夜なりやが目を覚ました、その事実が付け加えられた。美園みそのは職場で働くのだが來にはまだ主治医からは家族以外は立ち会えないと伝えている。


「私もだけど父も母も戸惑ってるのよ。もう目を覚ますものではないかと思ったからね」

 と意外なことを聞いた來。


「そりゃ生きているのは嬉しい、だけどもね……」

「もちろんだよ、それは」

 美園は來をじっと見ている。


「……來も戸惑っているよね」

「……」

「お兄ちゃん、來の事話してるみたい。自分が事故で2年経ったことも少しずつ受け入れているけど……」

 美園はこれ以上話そうとはしない。なかなか会うことのできない來は心苦しくなる。やはり家族ではない、いつまでもその壁にぶつかるのか……。


「他には?」

「他に?」

「……誰と会う予定だったとか」

「……」

 美園は首を横に振った。


「お兄ちゃんも誰に会おうとしたのだろう。その人に会おうとしなかったら……」

「それは知ったところでどうにもならないよ。彼が轢いたわけでなく、事故だよあくまでも」

 來は也夜が元恋人の分二と会おうとしていたのは知っているのにあえて聞いてみたが詮索してもしょうがない、最後の一言を付け加えてたのもその理由だ。


「轢いた人も罪を償ってるし……」

「かといってその会おうとした人は謝罪も何もないんですけど」

「そうだよな……」

 分二いわく最初はすぐにでも也夜の病院に行きたかったらしい。しかしやはり怖いものがあったらしい。

 もしあの時病院にでも駆けつけたら也夜と交際をしていたことを唯一知っていた事務所の社長たちに知られでもしたら……といけなかったらしい。

 そして來や家族にも責め立てられるのではということも。


 それが怖くて、でも何かできないかと行ったことが也夜のファンサイトの継続維持をしていたとのことだ。そのことについては事務所社長は分二がやっていることだとすぐわかったらしいがなぜやってるかのことまでは聞かれなかったため言っていないという。

 來はそれだけは美園に伝えた。どうやら付き合ってたことは知らないようで知ったらどうなってたのだろうと少し來はかまをかけてみた。


「分二さんがもしお兄ちゃんと付き合ってたら? うーん……どうだろう。親たちはどう思うかって言われても育ちがいいとかお金があるとかでは靡かなかったと思うよ。それに……」

「それに?」

「……これ今言っていいのかな」

「何を」

 來は口もどかしそうに言う美園の顔を見る。


「お父さんたち、來のこと色々考えていたのよ」

「……えっ」

 ひどいことを言って也夜から引き剥がした親たちだったのに、と來は疑問に思った。


「結婚挨拶の時にお兄ちゃんと来て色々お話ししたじゃない。お酒も進んでさ。來も少し酔って。過去のことを寂しげに語ってくれたのをお父さんたちは覚えてたの」

 來は酒を飲むとあまり話さなくてもいいことを話してしまうから酒は好きじゃなかったがそう言えばそう言うこともあったと。


 來の家庭は機能不全家族だ。両親の間も仲が悪かった。理由は父親の両親の介護が原因だとからしいが。

 一度顔合わせで來は両親を也夜の家族に会わせたのだがあまり良い席ではなかった。

「來の家族のことだからあまりアレだし言いたくはないけど欠席した私でさえも顔合わせの時のことや來の話聞いてるだけでもう……辛かった。だからこそお兄ちゃんが意識がなくなってから來はどうなるんだろう、どうするんだろうって心配したくらいよ。ご両親からも連絡なかったでしょ」

「……ああ、もう連絡とってない」


 也夜の心配でさえもしてくれなかった來の両親たち。來はそれでよかったのだ。

 子供の頃から彼を放置して最低限のことしかせず、高校の時に大輝が救わなかったら來は将来も見えず路頭に迷っていたのだろう、也夜とも出会い離れても手に職を持ち、周りの人たちと出会って分二とも出会い今がある……。


 親の話はこれまでにしたい、そう來が言うと美園はわかったと。


「だからうちのお父さんは……お兄ちゃんがいつ目覚めるかわからない。それまでずっとお兄ちゃんに囚われずに違う道を進んで欲しい、そう言いたかったのにお父さんったらそういうの上手くないから……ごめん。ほんとうに」

 來はあの時の也夜たちの親の言葉で傷つき也夜を忘れるために他の人たちに惑わされ、抱かれ、抱き、でも忘れられずもがき苦しんできたこの2年のことを思うとなんとも言い返せないし複雑な思いになるが也夜を忘れようと動いたおかげで自分の店を持つと言う道も見つかった。


 しかし也夜は目覚めてしまったのだ。


「……也夜は僕のことを話してるんだよね?」

「ええ。過去のことを思い出すのも治療法の中にあるのだけど……」

「会いたいって言ってるのか」

 美園はその質問に一瞬目を見開くのだが少し間を開けて答えた。


「会いたい、それは言ってる」

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