第16話 初めての

 初めて触れる女性の肌。肉つきも肌触りも新鮮である。匂いもキスの味も今まで相手にした男たちとは違う、らいはそう感じた。


 コンドームはクラブに出入りしていた頃使っていたからその残りがソファーの横の引き出しに入っていたのを思い出した。




 しかしそれを漁っているうちに來は正気になった。その様子を見ていたリカ。2人目が合う。

「……ごめん、やっぱ無理」

來はうなだれると

「そうよね、やっぱ」

リカは苦笑いしてガウンを纏った。とても気まずい空気になってしまった。



数分後、2人はちゃんとルームウェアを着た。リカにとっては大きすぎる。が、仕方がない。

このルームウェアも也夜と選んだものである。まだ袖を通していなかった。


「ねぇ、來くん聞いていい?」

「なに?」

ソファーに座るが間を開けてる。


「……也夜なりやってネコだった?」

「なっ、そんな……ことさぁ」

「だってどう考えてもそうだよね。すっごく積極的でさ」

興味本位で聞いてくるリカに來は

「……そんなことは教えられないよ、それに僕らは……」

 と口を濁す。リカはじっと見る。

「そんなに見ても教えないよ、こういう性的なことはプライバシーに関わる。也夜は今は物言わぬ体だ。だから僕の口から他人のそういうことは言ってはいけないと思うよ」

「ふぅん」

 とリカはクタンと項垂れた。


「一つ言えることは……」

「ん?」

「ぼくは……どちらでもいける」

「也夜がどっちかわからないじゃない」

「はははっ」

 と來が笑うとリカは頬を膨らませた。こんなお茶目な所はアイドルのリカでは見られない、聞かれたくないことを聞かれたから揶揄い返したのだ。


「也夜と本当にお似合いだったろうね……」

「そうだったのかな」

「前も言ったじゃない。こんなに激しく愛してくれる人がそばにいて也夜は幸せだったと思う」

 そうなのか? と來は考えるが頭を横に振った。

 実はこのままリカと、初めて異性の女性と身体の関係を築けば也夜のことを忘れられるのだろう、と思ったがそう簡単にはいかなかった。やはり自分には異性は無理と來は気付いたのだ。


 大輝の時はネコだったがクラブの際に自分はタチもできるというのがわかった。

 だからリカにも

「両方いける」

 と言えたのだが実際女性の体を前にたじろいでしまったが途中まではやってしまった自分が恐ろしく感じる來。


 也夜が自分を激しく愛し抱いてくれた時を思い出す(もちろんそれ以上の関係にはならないのだが)。


 リカはきっと也夜がネコで來がタチだと思ったのだろう。彼女は也夜と同じ立場で激しく愛されて異常なまでに興奮していた。しかし何もなく終わってしまった。


 その晩はリカは寝室のベッド、來はこのソファーで寝ることにした。


「バカ、馬鹿すぎる」

リカに手を出そうとした自分の中の男の出現と中途半端になってしまい情けなさを悔いてしまう來だった。






 その後はリカが試験を終えてからは店に行くことは無くなった。


 少しぎこちない関係になったが避けることもなかった。いつも通りアイドルとそのヘアメイク、そしてプライベートでは同じ美容関係の仕事をする、その共通点もちろんだがもう來はリカを自分の部屋に入れることはしなくなった。


 土日の清流ガールズNeoの仕事、袖から舞台を見るが來は気づけばリカばかり見ていた。

 ライブもし、レッスンも受け、美容学校に通い、美容室でバイトもし、キラキラとアイドルしているリカに來はすごいな、と思っている。でもこの先に今は進まない、とわかった以上どういう関係でいればいいのか、ここで急に離れても変でもある。




「なぁ、來」

 不意に新榮から声をかけられ來はびっくりする。

「っはい?」

「なんかさぁ、リカちゃん……男できたんじゃない?」

「えっ」

 男、それは自分のことか……と少し焦る。いや、付き合ってもいないしただの仲の良いだけの関係。

「他のスタッフがさ、そう言ってたんだけどね。なんか体つきとか動きとか……なんか妙に前よりも女、って感じがしてさ」


 ステージ上のリカを見る。動きは変わらないように見えるのだが、來を求めている腰つき、脚の絡ませ方を思い出す。それ以降何もなかったのに。


「來、そう見えるだろ」

「え、そっ……そう見えます?」

「わかりやすいよなぁ。まぁツートップのあの2人もそうだけどもよ……男ができて性に溺れたアイドル。そんなこと知らずに金をじゃんじゃん貢ぐオタクども。今のうちにどんどん稼いでもらわないとな」

 彼女たちが裏でそんなゲスい事を言われてることも知らず歌って踊って笑っている、何とも皮肉な事だが。


 來は返答に困って苦笑いすると

「あと一年でこの仕事終わるし俺らも気を引き締めようや」

「えっ……終わる?」

「知らなかった?」

 リカからは何となく聞いてはいて知らなかったわけでもないが一年、と聞くと現実味が帯びる。


「数日前に社長に呼び出されて……まだこれは内密に、だが5人全員アイドル引退。ツートップ二人は結婚、実はルリちゃんは今妊娠中だから早めの卒業……」

「妊娠っ……」

 と、ツートップの一人のルリを見た。そんな感じない……と來は驚く。

「研究生は持ち上がらず一旦、清流ガールズNeoで打ち切ってから新しくガールズグループ作るらしいけどスタッフ総入れ替えらしいからなぁ」

「……じゃあ僕ら一年後に首切られる」

「一年もせずにかもだけど。多分近々社長から正式な話があるよ。何人かのスタッフが清流ガールズ食っちゃったから」

 その新榮の言葉に來は冷や汗が出る。


「リカちゃんは美容師免許取るって聞いたけどー來くん、お店で雇ってあげたら? スタッフ探してるでしょ」

「……そうなんですね。また聞いてみます」

 來はもうステージは見ることはできなかった。

 すると新榮が來に耳打ちした。

「聞かなくてもいいんじゃないの?」

 そしてその場を去って行った。

「……そんな関係じゃない……のに……」


 数日後わかったのは新榮が研究生の数人と身体の関係を持っていたこと。妻帯者であることも関わらず。


 新榮は一年を待たずとしてこの仕事から外れて行方知らずになった。

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