第三章 異性の扉

第11話 今後のこと

「援助……?」

「そうなんです」

 らいは市役所内にある喫茶のカウンターで湊音みなとと話す。カウンター越しには李仁りひとがいる。


「援助してくれる人がいるのならそれに乗っちゃいなよ」

 と李仁は來にランチのカレーを出した。


「李仁、そう簡単にいうなよ。……援助してもらえるのは確かにいいかもだけど……なんかそれなりの見返りがないと怖い」


 ネガティブな湊音も李仁からカレーを受け取る。肉の代わりにシャケや野菜をたくさん入れ込んだカレー。


 この喫茶店では老若男女が好む料理からこういう創意工夫のされた料理までメニューがある。


 大輝に昨晩持ちかけられた独立の話を湊音に話したらランチしないかと誘われたのだ。


 喫茶では以前身体の関係を持ってしまった李仁はいるものの、彼はあっさりしているため特に行きたくはないわけではないが複雑なのは間違いないだろう。


「來くんのファンとか? 君のためなら自分の財産を使ってもいいって……相当な入れ込みよう……ホストでもないのに」

 湊音の相変わらずのネガティヴ妄想にカウンター越しに李仁が笑った。來も少し苦笑いする。


「誰か心当たりあるの?」

「うーん……お客様もお陰様で指名とかもいただいて。名前も知ってもらえたし。でもあまり見当が付かなくて」

也夜なりやのファンとか」

 來は尚更見当がつかない。

「ああ、それもあるかなと……也夜のファンが繋がりのある僕にって……一瞬思ったけどやはりないかな」


 そう考えた來だが実際に今は繋がりはない。自分から断った。



 そんな中、先日美園みそのからは近況連絡らしいメールが来た。久しぶりな人から。こんなタイミングで。


 忘れたい、忘れつつあるのにそんな時に也夜の妹である美園が來にメールを送ってくるとは。


 美園や也夜の家族、上社かみやしろ家が支援者なのでは? と美園からのメールを來は開いた。


『お兄ちゃん、血圧安定してきた』

 短文であった。


 安定してきた、ということはそれまでも安定しなかったのかと思って來は気にしてしまう。そしてさらに前のメールを開いてしまった。同じように短文で


『最近顔のむくみがひいてきた。やっぱりイケメン』


 と。

 確かに事故後は包帯で巻かれ、覗かせる彼の表情は少しいつもの也夜とは違った、と思い出す。


 写真はないのに來の片隅に保管されていた也夜が出てきた。

 微笑む姿、何かを考える横顔、真剣な顔が次々と思い出されそれとメールの文章に当てはまっていき脳内で映し出される。


 そうした時、來は悶え苦しんだ。


 あんなに忘れたはずなのに、なぜと。


 そしてメールには一切支援の旨などのことは書いていなかった。


 だったら開かなければよかったと。そうすれば思い出すことはなかったのに、あれだけ記憶から消していたのにと。


「まあ何がともあれ……一度その人と会った方がいいよ。独立も絶対した方がいい」


 ふぅむ……と來は口をつむぐ。

 前までは向上心がなかった來、也夜に言われても思いつかなかった独立の話。


 今は他店舗やアイドルたちのメイクの現場に入っていろんな経験をして来た。しかしいつまでもその現場があるとは限らない。(前身のグループが色々あっただけに。)

 いつまでも誰かの下でへこへこして働くのも悪くはないとは思っていた方だが。


「來くんがお店を作ってお客さんをたくさん呼び込んでいたら也夜くんも喜ぶだろう」

 と湊音が言うと、以前から独立を勧めてくれた也夜の顔を思い出す。


 ああ、と。


 もう自分と也夜は切っても切り離せないのか。


 口の中にモゾモゾと入る食べ物とその事実を噛み締めながら來はなかなか首を縦に振れない。


「君の頑固さは知ってるけどもさ。どうやってこれから生きようとしたの。也夜とも」

「……」

 湊音の問いかけに声が出なかった。


「君は美容師、也夜はトップスター。仕事はありつつも本気で二人でどう過ごそうとしてたんだい……」

 湊音のきつい言葉だがそれが來に効いたようである。來は本当に全くもって考えていなかった。


「いい年して何も考えてなかったなぁ。指摘されてもしょうがない」

 と來はため息と共に口からこぼれた。


 確かに結婚して也夜名義でマンションを買った。也夜の名前を出せばある程度いいマンションを契約できる、とか甘えていた自分がいた。


 結婚式も周りの人に比べたら招待客も多いのもあってかなり高かったが也夜の事務所も出してくれたのもあった。


 本当に自分はどうなりたかったのだろう。來は思い返す。


 特になりたいものはなかった。


 親のことはそう尊敬するような人間でなく、反対にあんな人間になりたくないとぼんやり思っていた來。


 そんな時にたまたま行った美容室で大輝に出会って美容の道に進んだ。だがきっかけはできただけであってそこから先は見えなかった。

 大輝と付き合っていたときこそ彼のそばでずっと美容師やっていると思っていたし、別れてから也夜と付き合っても美容師を淡々と続けて也夜と共に添い遂げる、それしか頭になかった。


 ふと通りを通ると何軒か美容店を見かけた。大輝が自分たちを雇ったように自分も店を構えて人を雇うのか……唐突に今後の人生を考えさせられた來であった。

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